民主労総ゼネスト情報(12月20日)

民主労総は、12月16日、パククネ政権の総力を挙げた弾圧を跳ね返し、金属労組15万を中心にゼネスト闘争を貫徹。
12月19日には、前日(18日)のハンサンギュン委員長に対する「騒擾罪」適用に対し激しい怒りを込め、全国13ヶ所2万人の結集で、<騒々しく派手な「騒擾文化祭」>として第3次民衆総決起闘争が闘い抜かれた。

12月17日の中央執行委員では、22日以降の以下の方針が打ちだされ、また、職権上程などの緊急事態の場合は、直ちにゼネストに突入することが決定されました。

12月22日~24日

国会前で1千人規模の大規模座り込み

12月28日~30日

28日: 産別労組・労組連盟(公共運輸、金属以外)のストライキ/地域別ゼネスト集会
29日: 公共運輸労組のストライキ/全国集中ストライキ集会
30日: 金属労組のストライキ/地域別ストライキ集会

「労働改悪阻止」、「ペクナムギ農民快癒祈願」、「公安弾圧粉砕」、「セウォル号真相究明」、「歴史教科書国定化反対」を全民衆の共通にスローガンに押し上げて闘い抜く民主労総と連帯し共に闘おう!

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民主労総ゼネスト情報(12月20日)

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●ハンサンギュン委員長への騒擾罪適用弾劾!

第3次民衆総決起の前日、12月18日、パククネ政権は獄中のハンサンギュン民主労総委員長に騒擾罪を適用した。断じて許せない!
騒擾罪とは、日本帝国主義が朝鮮を植民地支配していた時代につくられ、1919年の3・1独立運動の弾圧にも使われた代物だ。それが戦後も残存し、軍事独裁政権時代に繰り返し発動された。それが11・14闘争に対して30年ぶりに発動されたことは、パククネ政権の末期的危機を示している。
民主労総は12月19日の第3次民衆総決起に続き、22日から来年1月臨時国会終了時までの国会前連日座り込みと、28~30日の3日間にわたる連続・波状ゼネストを呼びかけている。とくに22~24日は全国からソウルに組合員1千人以上が上京する集中座り込みを展開する。ストライキは29日に公共運輸労組、30日に金属労組がそれぞれ総力決起し、28日にはそれ以外の産別や地域がストに入る予定だ。ともに闘おう!

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●騒擾罪への怒りこめ、12・19第3次民衆総決起打ち抜かれる

12月19日の闘争は、騒擾罪発動への怒りを込めて「騒擾文化祭」と名づけて闘いとられた。ソウル、大邱、釜山、済州など全国13ヵ所で開催され、ソウルでは光化門広場に8千人が、笛やタンバリンなど騒々しい音の出るものや仮面を用意して集まった。「政治スローガンを叫べば違法集会」とする警察権力を嘲弄し、壇上からの「労働改悪は?」の問いかけに全参加者が「反対!」と大声で叫び、一斉に音を打ち鳴らした。
民衆総決起闘争本部の代表は、「日帝によって騒擾罪の有罪判決を受けたユガンスン烈士(3・1独立運動戦士)の名は全民衆が記憶している。79年釜馬抗争を闘った市民に騒擾罪を適用したパクチョンヒは暗殺され、80年光州市民に騒擾罪を適用したチョンドファンは死刑宣告を受けた」と発言し、「歴史は最終的にそのように進行するだろう」と断固として宣言した。
この日の闘争は、「労働改悪阻止」「ペクナムギ農民快癒祈願」「公安弾圧粉砕」「セウォル号真相究明」「歴史教科書国定化反対」が労働者人民の共通のスローガンになり、民主労総と全民衆との団結力がますます強固なものになっていることを示した。権力は闘争破壊のために、極右勢力にソウル市庁広場で対抗的集会を開かせることも画策したが、結局破産した。
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ハンサンギュン委員長の騒擾罪適用に対して、民主労総の声明

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[声明]

ハン・サンギュン委員長騒擾罪適用、政権の独裁性明らかにした自殺行為になるだろう
警察がハン・サンギュン委員長についに‘騒擾罪’まで適用して、検察に送致した。聞くのもなじみの薄い‘騒擾罪’だ。これを適用したことは、反労働、反民主政権に立ち向かい、労働運動と民衆陣営を率いたハン・サンギュン委員長に、最大限多くの罪をかぶせ、破壊しようとする残酷な企みだけでなく、民主労総全体を集団的不法・暴力集団として罵倒し、合法的存在基盤を剥奪しようとする意図と判断する。しかし、成功しないだろう。警察の暴力デモ容疑は、悪意に満ち誇張された。公権力の殺人鎮圧を考慮せず、公平性も喪失した。民衆総決起の民主的抵抗の意味を踏みにじる公安弾圧であるだけだ。このような騒擾罪はもちろん、他の罪の度を越した不当性もまた、結局のところ法廷で明らかになると確信する。
公安当局が騒擾罪を適用したのは、1986年全斗煥軍事独裁政権に立ち向かった5・3仁川事態以来29年ぶりだ。これでパククネ政権は、自ら過去の独裁政権に劣らない独裁政権であることを逆に示した。民主主義と歴史の進歩によって、仁川事態は結局、民主化運動として記録された。騒擾罪という罪自体が不当だったということだ。ハン・サンギュン委員長に罪をなすりつけた騒擾罪もまた同様だ。結局不正な政権の安全と危機のために、公安弾圧で民主主義を抑圧した代表的事例として明らかにされるだろう。巨大な国家暴力は、最後的にこのようにあらわれるものだ。直ちに法廷でその過度な対応が遮られ、そうだとしても、いつでも歴史の正義により、政権の不正と民衆の正当性が確認されるだろう。
政府の公安弾圧と労働改悪強行に抗議するハン・サンギュン委員長の断食が、今日で19日目に入った。不正と労働搾取政策に対して、苦行を自任する労働者の代表だ。彼が今日も凄絶に闘っているように、民主労総もまた一致した意志で、委員長と共に闘うだろう。警察が、騒擾罪までなすりつけたが、彼を破滅させることにはならないだろう。ハン・サンギュンの闘争は、民主労総の中により一層そびえ立つだろう。また警察は、‘準備された集団暴力’としながら、騒擾罪が持った集団性を根拠として、今後民主労総の憲法的権利と社会的地位を壊滅させる謀議をすると見られる。しかし、それはパククネ政権自らの首を絞め、自殺行為になるだろう。労働者民衆に銃口を向けて、永続した政権はない。

2015.12.18.

全国民主労働組合総連盟