民主労総ゼネスト情報(2016年10月02日)

「民主労総ゼネスト情報2016年10月02日」 ①,②。
10月1日、ソウル3万人、大邱7千人の大結集で、パククネ打倒の民衆総決起の火蓋が切って落とされました。

大邱集会では、訪韓中の広島連帯ユニオンの仲間が組合旗と共に登壇、また、前日(9月30日)のソンジュ現地集会では、熱い連帯の発言を行い圧倒的な歓迎の声が上がっているのが聞き取れます。
以下の動画の50:27~58:31を参照下さい。

[팩트TV] (10.01) 성주군청-한반도 사드배치 결사반대 촛불집회 (81일차)

民主労総ゼネスト情報(2016年10月2日)①

●パククネ打倒の民衆総決起闘争始まる!ソウル3万人、大邱7千人

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10月1日、3万人の労働者と市民がソウルの大学路(テハンノ)を埋め尽くし、パククネ政権糾弾の大集会がかちとられた。この場で、民主労総と市民団体が主催する「労働改悪・成果退出制廃棄!公共性強化!生命・安全社会建設!汎国民大会」と、「国家暴力の真相究明!責任者処罰!殺人政権糾弾!ペクナムギ農民追悼大会」が連続して開かれた。同じくこの日、大邱では、戦後革命期の大邱人民蜂起の精神継承を正面に掲げた民主労総の労働者大会が7千人を集めて開かれた。チェジョンジン民主労総委員長代行はソウルの大会で「皆さん、すでにパククネ打倒の民衆総決起は開始されました!」と宣言した。
公共運輸労組の無期限ゼネストが強固な団結のもとに貫かれている勝利感と、直前に起こったペクナムギ農民の死に対する権力の非道な対応への怒りが結合し、大会は非常な熱気を帯びた。ペクナムギ氏は、学生時代に軍事独裁政権と闘い、その後農村に入って農民のリーダーとなり「平和と生命の働き手」として活動してきた、韓国の闘う農民を象徴する人物の一人だった。昨年11・14民衆総決起闘争で放水銃の直撃を浴びて倒れ意識不明のまま、9月25日に亡くなった。権力はしかし謝罪も弔問も拒否し、逆に「警察は彼の死に責任はない」とデッチあげるために遺体の強奪・解剖を策動し、遺体が安置されているソウル大病院を包囲している。遺族は「父の体を再び踏みにじらせるのは耐えられない」と、3万人の参加者に遺体強奪実力阻止を訴えた。(写真は集会後のデモ)
10月1日には全教組もまた「教員評価廃止!成果退出制阻止!教員労組法改正!全国教師大会」を開き、全体集会に合流した。民主労総はこの日の集会でゼネストへの圧倒的な社会的支持を確認し、10月、さらに闘いを継続する決意を固めている。

民主労総ゼネスト情報(2016年10月2日)②

●大邱で民主労総7千人が「1946年10月抗争(人民蜂起)の精神継承」誓う

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10月1日、ソウルでの3万人大集会と呼応して、大邱(テグ)で民主労総の全国労働者大会が開かれた。民主労総が大邱で全国的大会を開くのは史上初。戦後革命期に済州島と並んで米軍政との激突の頂点に立った大邱は、蜂起が鎮圧された後、逆に「保守反動の牙城」と呼ばれる状況を強いられてきた。その中で不屈に継続されてきた民主労総の闘いが、ついに今日、「進歩の都市、抗争の都市であった大邱の誇らしい歴史を復活させ、民衆抗争による大反撃ののろしを上げる」ものとなって登場した。
キムジョンイン民主労総副委員長は「私たち労働者には歴史を前進させる責任がある」「70年前の労働者のゼネストが10月民衆抗争に発展したように、民主労総もゼネスト総力闘争で11月民衆総決起を切り開き、世界を変える闘争の最先頭に立とう」と訴えた。「70年前に労働者民衆を踏みにじった勢力は、まだ清算されないまま民衆の上に君臨している。彼らの弾圧がいくら強くても、決して私たちの闘争と歴史の前進を防ぐことはできない。ゼネストに立ち上がる労働者があり、不義に対抗する民衆の闘争が70年を越えて再び野火のように湧き起これば歴史は必ず前進する」との大会決議文が高らかに読み上げられた。

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大会にはサード配備阻止闘争を闘う星州現地の闘争委員会代表や、昨年日本の旭ガラス本社への抗議行動を動労千葉がともに闘った旭ガラス労組の非正規職労働者も参加。日本からは、広島連帯ユニオンの仲間が組合の旗をもって参加し、民主労総と一緒に壇上にも上がり、連帯の決意を表した。