「過労死白書 2016」を読む/事務局長 小泉義秀

表層の統計とアンケートに依存した過労死の実態に迫らない白書

厚生労働省は10月7日、2014年11月に施行された過労死等防止対策推進法に基づき、初の「過労死等防止対策白書」(2016年版)をまとめた。本文128頁と資料編の合計が280頁に及ぶ。全文厚生労働省のホームページからダウンロードして読むことができる。この白書には過労死問題を取り組んでいる森岡孝二(関西大学名誉教授)なども入って作成されている。

しかしこの白書は怒り無くして読むことはできない。これだけの過労死の実態が全面的に明らかになっているのに以下のように書かれているからである。

過労死等の防止のための対策の基本的考え方として白書は「過労死等の発生要因等は明らかでない部分が少なくないため、第一に実態解明のための調査研究が早急に行われることが重要であるとしつつ、その防止は喫緊の課題であるため、調査研究の成果を待つことなく対策に取り組むことを示している。これらの取組により、将来的に過労死等をゼロにすることを目指し、平成32年までに週労働時間60時間以上の雇用者の割合を5 %以下、年次有給休暇取得率を70%以上、平成29年

までにメンタルへルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上とする目標を早期に達成することを目指すこととしている。また、今後おおむね3年を目途にすべての都道府県でシンポジウムを開催するなど、全国で啓発活動が行われるようにするとともに、身精神面の不調を生じた労働者誰もが必要に応じて相談することができる体制の整備を図ることを目指すこととしている。」(84頁)

原因がわからないと書かれているが最大の原因は長時間労働にあることは明白である。この点を曖昧にしたらどんな調査報告も意味がない。「将来的に過労死ゼロをめざす」とあるが、嘘だ。啓蒙運動では何も解決しない。

この白書は結局は「働き方改革」の材料にされてしまう。過労死の現状と分析も表層にとどまっているからだ。我々はこの白書の裏に何が隠されていて、どういう点が不十分なのか明らかにする必要がある。

月80時間を超える残業をしている企業が22・7%

「1年間のうち1か月の時間外労働時間が最も長かった正規雇用従業員(フルタイム) の月間時間外労働時間の企業の割合について、月80時間超えと回答した企業の割合は、全体で22.7%、業種別にみると『情報通信業』 (44.4%)、『学術研究,専門・技術サービス業』(40.5%)、『運輸業,郵便業』 (38.4%)の順に多くなっている。労働者を対象とした調査において、正社員(フルタイム)の平均的な1週間当たりの残業時間について、業種別にその平均をみると、『運輸業,郵便業』(9・3時間)、『教育,学習支援業』の9・2時間)、『建設業』 (8.6時間)の順に多くなっている。また、その残業時間が20時間以上と回答した労働者の割合は、『運輸業,郵便業』 (13.7%)、『建設業』 (12.9%、『教育,学習支援業』(12.8%)の順に多くなっている。(52~53頁)とあるように月80時間を超える残業をしている企業が22・7%もあり、電通に代表される情報通信業、運商業、そして郵政が過労死ラインを超える時間外労働を強いられている。

国鉄分割・民営化攻撃と軌を一にして電通労働運動が解体され、郵政労働運動が解体され、運輸業界は規制緩和で労働条件がでたらめにされてこういう実態になっている。

国家公務員や地方公務員、教員についてもデータが出されている。ここでは教育労働者について書かれた部分を引用する。

「教員の勤務時間については、文部科学省が平成18年度に実施した教員勤務実態調査において、教諭の残業時間は1か月当たり、約42時間という結果が出ている。国際的な比較としては、平成26年に6月に公表されたOECD国際教員指導環境調査在では、日本の教員の1週間当たりの勤務時間は参加国中で最長となっている。また、平成26年度中に病気休職処分となった教職員は8, 277人で、そのうち精神疾患による病気休職者数は5, 045人(全教職員数の0. 55 %)と平成19年度以降、5, 000人前後で推移している(平成26年度公立学校職員の人事行政状況調査)。さらに、平成21年度から平成25年度の間で、脳・心臓疾忠、精神疾患に係る公務災害認定を受けた地方公務員の約3割が学校職員となっている。」(118~119頁)

これも現実の実態にそぐわない。現実の教育労働者の時間外労働はこんなものではない。労働時間の長さだけでなく、初任者研修中の新任教員に対してどのようなことがなされ、自主退職や病気に追い込まれている労働実態に迫らないと精神疾患になった教育労働者の実態をつかむことはできない。白書の内容は表層の数字しかとらえていないため現実がわからないのである。労働現場の声が反映されていない官制白書でしかないのだ。

勤務時間インターバル制度導入をめぐる問題

勤務時間インターバル制度を導入している企業は2・2%しかいない。「導入していない」と答えた企業は94・9%にのぼる(67頁)。インターバル制度というのは、前日の終業時間と次の日の始業時間を労働者が睡眠と休養をとれるに十分な時間を確保する制度である。連合は11時間のインターバルを要求しているが、経団連の榊原は認めようとしない。例えば20時まで残業をしたならば次の日の出勤時間は7時からにしなければならないというのがこの11時間インターバル制度だ。しかし、これは通勤時間が全く考慮されていない。通勤時間が2時間かかるような場合は、22時に帰宅して5時に家を出なければならない。これではまともな睡眠も休養も取ることはできない。連合の11時間インターバル制度要求は資本に迎合した極めてあいまいで緩やかな要求だ。しかしこんな要求さえも経団連は認めようとしていない。白書はこういう点については一言も触れていない。

ストレスチェック制度の問題点

「ストレスチェック制度は、労働者の仕事によるストレスの程度を把握し、その結果に応じて早期に対応することで、メンタルへルス不調になることを予防すること、つまり、1次予防を目的としており、第6-1図の流れに沿って実施するものである。」(107頁)がストレスチェック制度の定義であり、ストレスチェック制度の実施プログラムや「こころほっとライン」などの電話を厚生労働省が用意している。これは2014年6月25日に交付された「労働安全衛生法の一部を改正する法律」において新たに創設されたメンタルヘルス不調を未然に防ぐとされる法律である。しかし「事業者による不適切な取扱がなされることのないよう」とか「例えば、ストレスチェックを受けた労働者の所属部署の責任者にとっては、そのストレスチェック結果を人事労務管理能力の評価指標として用いられる可能性があるため、そうした責任者に不利益が生じないよう配慮する必要がある。」(111頁)という但し書きがいっぱいつけられているようにストレスチェック制度は労働者のためのものではない。ストレスチェック制度でストレスを感じている労働者は病者予備軍のレッテルを張られ、業務から外されたり、業績評価制度で不利な評価をつけられることになる。したがってストレスチェック制度そのものがストレスになる。相模原事件以後多くの職場でストレスチェックが行われている。しかし、ストレスの根本原因である長時間労働や過重労働、人員不足、パワハラをそのままにしてのストレスチェック制度は弱い立場にある労働者をあぶりだし、切り捨てていく道具になっているのである。その意味でこのような官制のストレスチェック制度は粉砕しなければならない。労働組合が団結して長時間労働を許さず、仲間を守る闘い以外に過労死も精神病にも対応することはできない。

トラック運送業の長時間労働改善に向けたロードマップ?

「産業別でみても、道路貨物運送業の年間総実労働時間(パートタイム労働者を除く)は、全産業の中で最も長い、2, 443時間(所定内労働時間2, 018時間、所定外労働時間425時間) であり、平均の2,026時間を大きく上回るなど(厚生労働省「毎月勤労統計調査」(平成27年))、各種調査においてトラック運転者の長時間労働の実態が明らかとなっている。また、厚生労働省「過労死等の労災補償状況(平成27年度)を見ても、脳・心臓疾患の全支給決定件数251件のうち79件が、精神障害の力全支給決定件数472件のうち27件がトラック運転者に対するものであり、すべての労働者の中に占めるトラック運転音の割合が大きな比率を占めている。」(114~115頁)とあり、トラック運送業の長時間労働是正問題は急務である。

しかし、2015年4月の通常国会に提出された「労働基準法等の一部を改正する法律案」では、長時間労働抑制の観点から、月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引上げ(25%→50%)について、中小企業への適用猶予措置を見直すこととされた。が、トラック運送業に関しては2019年まで猶予が引き伸ばされていて、いつ実現するかもわからない状況にある。

更に問題なのは①トラック運転手の場合、待ち時間が労働時間に参入されていないケースが多い。労働組合があるところでも争いになるが、無いところでは待ち時間が労働時間とみなされていない。②小竹運輸グループのケースのように労働時間が正確に記録されない企業もある。所定内労働時間だけでなく時間外労働時間も含めて、労働時間という概念がないがごとき労働実態だということだ。③それをさらに助長するのが固定残業代制度だ。あらかじめ固定残業代として10時間とか20時間分の残業代を賃金に含ませておいて、20時間を超える時間外労働をしても残業代を一切払わない違法行為が行われている。群馬中央タクシーのケースがそれだ。

待ち時間が労働時間とみなされないケースというのは、大きな会社に荷物を運ぶ場合、一度に荷物を降ろすことはできないため、荷卸しのために相手の会社に到着しても2時間~4時間待たされるケースが多々ある。この場合いつ荷卸しするかわからないため、車の中にいていつでも動ける状態に運転手は準備している。休憩時間ではなく、運転中と同じだ。しかしこの時間を労働時間に参入しない会社が多々ある。こういう会社は昼食休憩や休憩を取らせないで一日中車を走らせて車が動いている時間しか賃金を支払わないのである。こうなるとトラック運転手の労働時間はもっと伸びる。

小竹運輸グループの場合は、長距離手当が付くと、時間外手当が付かないシステムになっている。その場合は時間外労働時間が何時間あったか労働時間の欄は空欄となり、現実の時間外労働時間は記録されない。したがって記録上は60時間しか時間外労働をしていないが、現実は190時間を超えて過労死するという事態になるのである。運送業界はこういう出鱈目な運行管理が行われている。白書はこういう現実の実態に迫っていない。記録上の時間外労働時間ではない残業が日常茶飯事に行われているという実態をつかまないと過労死は無くならない。

安倍の働き方改革は過労死促進であり、残業代ゼロをデマとペテンで覆い隠している。闘いによってその実態を暴く必要がある。それが我々の任務だ。

労働法制改悪阻止、外注化・非正規職撤廃! 11・6日比谷野音に全力結集を!