「経営労働政策特別委員会報告」2019年版 批判

「経営労働政策特別委員会報告」2019年版 批判

合同・一般労働組合全国協議会事務局長 小泉義秀

はじめに

1月22日に2019年版の「経営労働政策特別委員会報告」が出された。タイトルは「働きがい向上とイノベーション創出 by Society 5・0」である。今年の目玉とキーワードが「Society 5」である。この聞きなれない「Society 5」は昨年11月に経団連がまとまった文章を発表し、その考え方を明らかにしている。出元は日本政府―安倍である。今回の「報告」はこの「Society 5」と重なりあっている。この「Society 5」は非科学的な歴史観、マルクスの史的唯物論と真っ向から対立する階級対立や階級闘争を否定した、得手勝手な歴史観である。人間の歴史を狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会と分類し、これらをSociety1,2,3,4とする。「Society 5」は2019年を始まりとする、これからの社会であり「創造社会」=「Society 5」と名付けている。「デジタル革新×多様な人々の想像力・創造力▼課題解決・価値創造」がその内容だ。原始共産制・奴隷制社会(農耕社会を含む)を狩猟社会と言いなし、封建社会を農耕社会として、誰が誰をどういうふうに支配して剰余労働を収奪してきたかという階級関係を完全に捨象している。工業社会は産業資本主義のことであり、情報社会は帝国主義段階の資本主義と新自由主義社会までも含めている。新自由主義の破綻と行き詰まりを「Society 5」という究極の新自由主義で乗りきろうというのだ。しかし、マスコミも注目しない独善的な「日本発」の歴史観・価値観であり、早晩死語と化す。しかし2019年の「経営労働政策特別委員会報告」攻撃としてかけられたからには対応せざるを得ない。

1、労働生産性の向上?

第1章は「働きがいを高める働き方改革と労働生産性向上」であり、1節は「『働き方改革』のさらなる推進」であり、2節は「労働生産性の向上とイノベーションの創出」である。ここでは以下のように書かれている。
「わが国ではこれまで、機械やIT業等により代替可能な業務がある場合において、企業労使で雇用の維持・安定を優先した結呆、労働生産性と失業率とも低水準になっていた可能性が考えられる。」(15頁)と労使双方で雇用の維持・安定をしてきたことが間違いだった。だからこれからは「抜本的な経営改革を進めていく必要がある」と首切り・合理化を推進していく宣言をしている。
3節「イノベーションを起こす人材育成のあり方」に続き、4節は「ダイバーシティ経営の推進」である。この3項が「高齢者の活躍推進」で「③65歳を超える高齢者の就業機会の確保について」において「政府の未来投資会議等は、2018年11月に取りまとめた『経済政策の方向性に関する中間整理』において、働く意欲のある高齢者の活躍の場を整備するため、継続雇用年齢の65歳超への引上げと、希望する高齢者の70歳までの就業機会の確保を目指すとしている。」(36頁)
これが国家公務員の65歳定年延長を名目に50歳代から賃金を7割にするという攻撃となって襲い掛かってきている。これは同一労働同一賃金攻撃と一体である。50歳台後半から賃金を下げて65歳までの定年延長を行うということである。これは年金を65歳まで出さないということと一体で、50歳代から賃金を下げるところに核心がある。国家公務員からの中央突破を図り、これを地方公務員、民間にまで拡大する攻撃である。JR貨物で既におこなわれている手法であり、民主労総が断固として反対してきた賃金ピーク制そのものである。
第1章46~48頁の「TOPICS」で「副業・兼業をめぐる動向」について書かれている。
「政府は、働き方改実行計画」(2017年3月決定)に基づいて副業・兼業を推進している」(46頁)
しかし「経団連の調査によると、社員の総労働柵時間の管理・把握の困難さや、健康確保への懸念、疲労の蓄積による業務効率の低下などを主な理由として、社員の副業・兼業を認めている企業は21・9%%、認める方向で検討中の企業は2・7%にとどまっている」(同)。現実に副業・兼業をしてる就業者は「(2017年)は4・0%(267万人)」(47頁)である。
ダブルジョブ、トリプルジョブをしなければ生きていけない非正規労働者の現状を追認し、これを推進しようというのであるが、二重雇用の場合は労働時間の通算の対象になり、上限規制に引っかかるケースが出てくる。何よりも過労死・過労自殺の温床になるのは不可避だ。統計に表れないで二重に就労している労働者はもっと多いと思われる。しかし、267万という数字も驚愕の多さであり、二重就労しなくて済む賃金引き上げが基本である。

2、「同一でない労働には同一でない賃金」が「同一労働同一賃金」

第2章は「雇用・労働分野における諸課題」であり2節が「同一労働同一賃金に関する法改正と企業の対応」である。ここで書かれている内容は、法改正でどうすれば「待遇のそれぞれの性質や目的に照らして適切な考慮要素に基づいて、不合理でないことを説明する必要がある。」(59頁)ということである。同一労働同一賃金の本質は「同一でない労働には同一でない賃金を支払う」ということである。すなわち違いを明らかにしてそれをペテンを弄してでも説明し、明示すればそれが可能となるということである。役割等級制度という極限的な能力主義、評価制度の下での賃金が同一労働同一賃金のモデル賃金制度になっているのはそのためである。
第3章が「2019年春季労使交渉・協議における経営側の基本スタンス」である。この2節3項で「社会保障制度の抜本的改革の必要性」が掲げられ消費税10%の引き上げの必要性を強調している。
「2019年10月の消費税率10%への引上げは、その増収分が社会保障の充実や安定化などに充当され、財政の健全化や、社会保障制度の持続可能性向上の一助となるものであり、消費低迷の最大の要因たる国民の将来への不安払拭の観点からも、その実施は必須である。」(91頁)
しかし消費税が5%から8%に引き上げられた2014年4月のときには、政府の試算では、5兆円の税収増加が見込めると言っていたが、増収分の詳しい使途を見てみると、約5兆円のうち「社会保障費の充実」に使われたのは1割の5000億円、残りは基礎年金の国庫負担割合引き上げや赤字解消に充てられている。社会保障といっても、その大半は年金や赤字の穴埋めに使われてきた。
2009年の時点で日本の公的年金の積立金は、本来なら950兆円なければならなかったが、国には150兆円しか残っていなかった。消費増税は政治家や官僚が使い込み、ばらまいて「消えた年金」の穴埋めに使われてきた。
2014年4月1日の消費税の5%から8%の増税に伴い、医療費負担や国民年金保険料、厚生年金保険料が上がり、介護サービスなどの負担も一部増加してきた。その一方で国民年金と厚生年金の支給は0.7%減額となった。このまま消費税が10%になり、税収が14兆円増えても、社会保障費の不足分は19兆円以上にのぼる。
第3章4節で「経営側の基本スタンス」が述べられていて、その2項の2で「多様な方法による賃上げ」という項目がある。端的に言えばベースアップは一つの選択肢であり、「賃金カーブの是正」や「優秀社員への重点配分」等自社の賃金体系における検討が必要という点が強調されている。能力主義、評価制度に基づく差別的な賃金制度=同一労働同一賃金攻撃が核心に据えられている。「有期雇用社員の賃金引上げにあたっては、…人事評価制度に基づいたメリハリのある方法を考える必要がある」(106頁)と書かれていることからもその点は明白である。
「多種多様な方策の検討」として「多様で柔軟な働き方の実現(WLBの推進)」ではテレワークの導入、フレックスタイム制の実施・拡充、労働時間・職種・勤務地等を限定した多様な正社員制度の活用、基本給変更を伴わない所定労働時間の短縮などが選択肢となる」(106頁)と記されているように、「多種多様な方策の検討」というのが「同一労働同一賃金」のメダルの裏側なのである。多種多様な労働のあり方は、同一でない労働を多種多様に作り出す。そうすると多種多様な労働に対応して多種多様な賃金が生じることになる。これが同一でない労働には同一でない賃金が支払われる。これが同一労働同一賃金である。
「自治体戦略2040構想」で展開されている自治体を「行政サービスを総合的に行う『サービスプロバイダー』から、公共私の協力関係の構築を行う『プラットフォームビルダー』にすべきだと」言うのは、シェアカーと同様に公共サービスもシェアビジネスと同じ形でやればいいという考え方だ。シェアビジネスの事業者は、売り手と買い手の仲介の場を提供しているだけで、働き手は個人事業主である。これもテレワークのひとつの方法で、労働者は労働者でなく、個人事業主として扱われ、最低賃金法も、労働基準法も適用されない「労働者」が生み出される。「多種多様な」というのはこういうことも含んで言われていることである。

3、「Society 5.0時代の雇用システムのあり方」とは何か?

最終ページの「TOPICS」が「Society 5.0時代の雇用システムのあり方」である。「新卒-一括採用や終身雇用、年功型賃金、企業内労使関係を主な特徴とする日本型雇用システムは日本企業の大きな強みであった」(109頁)が、こうした「メンバーシップ型雇用」という日本型雇用の見直しが必要であるというのだ。そこで「わが国においても欧米のような職務を機軸とするジョブ型の雇用システムに転換すべきとの指摘がある」(109~110頁)というのである。これは「役割等級制度」そのものだ。
メンバーシップ型雇用とかジョブ型雇用については経団連が2018年11月に発表したSociety 5.0で展開されている。
「日本型雇用慣行のモデルチェンジ Society 5.0 時代の組織において、雇用・採用システムの見直しを検討しな ければならない。ひとたび、『就社』して、正社員というメンバーシップを手に入れると、終身雇用制の下で職場内での集合研修や OJT、ジョブローテーショ 40 ンによって、社内キャリアを積んで、その年功によって評価を受けるという日本型の雇用は『メンバーシップ型』と評される。メンバーシップ型雇用は、高度成長・人口増の時代の工業社会や高度成長・人口増の時代には有効に機能し『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の実現に貢献したが、情報社会を経て、創造社会に突入するにあたり、組織の業態、組織に必要なスキル等が急変するなかで、モデルチェンジが求められている。これからの採用においては、働き手の学修履歴やジョブ履歴など、それぞれが培ってきたキャリアを適切に評価することが求められる。…時間や空間にとらわれない働き方が可能となれば、複数の職場で同時に働く兼職といった多様な雇用形態、あるいはフリーランスのような柔軟な働き方がごく一般的なものとなる。 Society 5.0時代に何が価値を生むのか、そのためには組織とそこで働く人々 の関係性がどうあるべきかを一から考え、必要に応じて日本型の雇用を見直すなど、抜本的に変革することも必要である。(同40頁)

結語

Society 5.0の雇用形態は「複数の職場で同時に働く兼職といった多様な雇用形態、あるいはフリーランスのような柔軟な働き方がごく一般的なものとなる」が目指されている。フリーランスとうのは出版産業などで働く個人事業主である。労働者ではないから最低賃金の適用も受けないし、労働基準法も適用されない。したがって労働時間の上限は無いのである。
2017 年 5 月 26 日に「公益社団法人 経済同友会」はSociety 5.0の原型となる「シェアリング・エコノミー等が雇用・労働市場に与えるインパクト―多様なプロフェッショナル人財による『デジタル+α』の価値創造で世界をリードする―」を発表している。
2016年の日本の広義のフリーランスは1,064万人(労働力人口の16%)と言われている。フリーランスでの働き方が浸透している米国の状況は、2016年の米国でのフリーランス人口は5,500万人にのぼり、米国労働人口の35%に当たるという。米国のフリーランスは2014年が5,300万人、2015年は5,370万人だったので、3年連続増加したことになる。そして、2020年には、米国のフリーランスは労働人口の50%を占めるようになるという。
労働組合の無い社会は、雇用関係のない「労働者」が5割にならんとする米国的なフリーランスを増やして行こうとする動きでもある。
しかし、UTLAのストライキの勝利が指示したように、労働者は労働組合を組織してストライキで闘う力を有している。ストライキ権があるか無いかではない。非正規雇用労働者を正規雇用と言い換えても、非正規雇用は非正規雇用であり、労働者をフリーランス、雇用ではない個人事業主の「労働」と言い換えても労働者には変わりない。シェア労働と言い換えても同じである。
Society 5.0が「デジタル革新×多様な人々の想像力・創造力▼課題解決・価値創造」と言いなしても価値の源泉は人間労働であり、価値の実態は「労働」である。労働者から搾取すること抜きに資本主義は再生産することはできない。青年労働者を非正規雇用に叩き込み、結婚もできない、子供も作れない低賃金、劣悪な労働条件に追い込んでいて、「働きがい向上とイノベーション創出」があり得るわけがないのである。
Society 5.0の歴史感は人間の歴史が階級闘争の歴史であることを否定し、資本主義社会が最後の階級社会であることを隠蔽している。デジタル化されようが、AIが登場しようが資本主義の本質は変わらない。資本主義の廃止は階級の廃止であり、階級社会の止揚である。資本主義は特殊な歴史的形態でしかない。
2017年の経済同友会の「シェアリングエコノミー…」、2018年11月の経団連のSociety 5.0、そして「2019年版経労委報告」を読んで思うことは、アベノミクスも新自由主義が破綻してどうしようもなくなった現われとしてこういうデタラメな「働き方改革」が提唱されているということだ。
「哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきたにすぎない。だが大切なのは、世界を変革することである。」
共産主義運動は、現存の資本制社会(資本主義社会)を労働者階級自身の自己解放の力によって転覆し、生産手段を社会的所有に転化し、新しい共産主義社会を創造していくという点に核心がある。「経労委報告」に対置すべきは『資本論』と『ドイツイデオロギー』である。