2014春闘のためにー経労委報告批判と書評

2014春闘のために―経労委報告批判と「書評」

合同・一般労働組合全国協議会 事務局長小泉義秀

 はじめに

 経 労委報告と過労死・過労自殺問題を対象化した著書の「書評」を一体で書いた。両方を一緒に読むと経労委報告のデタラメさが浮き彫りになると思うからだ。経 労委報告批判はまだ部分的である。議論して徹底弾劾しよう。都知事選の闘いと2014春闘は一体だ。23日告示の都知事選に総力決起しよう!

合同・一般労働組合全国協議会事務局長 小泉義秀

「2014年版 経営労働政策委員会報告 デフレからの脱却と持続的な成長の実現に」を徹底弾劾する

1 月20日、「2014年版 経営労働政策委員会報告 デフレからの脱却と持続的な成長の実現に」が発売された。マスコミには15日にその内容が明らかにさ れ、16日の新聞報道は一様に以下のように報じた。「賃上げへ向けた協調で合意した昨年末の政労使協議を踏まえ、業績好調な加盟企業に賃上げを要請し、給 与水準を底上げするベースアップ(ベア)の容認方針を明記した。経労委報告にベア容認が盛り込まれたのは08年以来6年ぶり」(1月16日サンケイ新聞) 確かに「経済界としても、安倍政権の経済政策に呼応し」(5頁)という文言は入っているが、新聞報道で流れた「ベア容認」がクローズアップされるような内 容ではない。非正規化を一層露骨に促進する政策を隠ぺいするために「ベア容認」論を前面化させたのだ。

序文で米倉は「安倍政権の経済政策 によって企業を取り巻く環境が大きく改善したことを受けて、今年は、長期にわたってわが国企業を苦しめてきたデフレからの脱却を実現する好機を迎えてい る」と書いている。本文でも「わが国企業を取り巻く経営環境安倍政権による異次元の経済政策(三本の矢)により、わが国企業を取り巻く経営環境は大幅に改 善してきている。」(1頁)「雇用情勢も全国的に改善している。」(2頁)「円高の是正や好調な内需を背景として、目動車などの輸出関連産業、建設業など の内需関連産業を中心に、企業業績が大幅に改善している。製造業の経常利益は急速に回復しており、収益力を示す売上高経常利益率も高まっている。」(同) と安倍の「成長戦略」をバラ色に描こうとしている。しかし「中小企業における業況判断や収益の改善は大企業に比べて遅れている。円安による仕入価格やエネ ルギーコストの上昇などにより収益が圧迫されている業種もあり、経済全体でみれば改善傾向は明らかであるものの、その動きにばらつきがみられる」(3頁) と書かれている。ここで言われていることが本当の事であり安倍の経済政策により企業業績が改善されたと思っている輩はいない。口が裂けても雇用情勢も改善 しているなどとは言えないだろう。過労死・過労自殺するまで労働者を酷使し、非正規化を促進することにより資本が利潤をあげているのが実態だ。

2014年版経労委報告攻撃の核心は①原発再稼働の推進、②限定正社員の導入、③裁量労働制の導入、④「過重労働防止」に対する開き直りに象徴される。労働者を非正規化することが「成長戦略」とする安倍政権の政策と一体だ。

原 発の再稼働については「最近の値上げは原発の早期再稼働を前提としており、再稼働が実現しない場合、さらなる値上げが行われる可能性が高いことに留意する 必要がある。」(9頁)「今後3 ~ 5年程度の工程表を提示し、実行に移すことが急がれる。そのため、安全性の確保を前提に、地元自治体の理解を含め原発の再稼働プロセスを加速化していくべ きである。」(10頁)と電気料金の値上げを脅しにして再稼働を推進しようとしている。

「③勤務地等限定正社員の活用」には以下のように書 かれている。「正社員という呼称とその雇用・就労形態は、『時間外労働があり、勤務地や職種の変更について企業の人事権が強く、勤続を重ねるごとに高い役 割が期待される期間の定めのない労働者(従来型の正社員=無限定無期労働者)』を指すことが多い。しかし、従来型の正社員と異なる就労形態を望む者も少な くない。企業としては、労働者の多様なニーズに対応しつつ、生産性を維持・向上させるため、勤務地や職種、労働時間を限定した正社員(以下限定正社員)に 活用するなど、正社員の多様化を図っていく必要性が高まっている。)(19~20頁)

昨年1年間の規制改革会議や産業競争力会議で議論され てきた「限定正社員制度」を本格的導入・推進することを主張している。正社員については「労働契約法第16条に規定される解雇権濫用法理が適用される」 (20頁)が限定正社員は正社員に対する雇用責任と同列に扱われないと解釈されていると露骨に書いている。

裁量労働制については以下の通りだ。

「現 行の労働基準法は、明治時代にできた工場法の流れを汲むため、費やした時間に比例して仕事の成果が現れる労働者の時間管理には適するが、業務遂行の方法や 時間配分を自らの裁量で決定し、仕事の成果と労働時間とが必ずしも比例しない一部事務職や研究職の就労実態とは季離している。

働き方そのも のの多様化に対応した時間管理を行うには、法律で画一的に律するのではなく、労使自治を重視した労働時間法制に見直すべきである。企画業務型裁量労働制 は、実際の労働時間にかかわらず労使で決めた時間分を労働したものとみなす効果をもつ。近年、子育てや介護をしながら働く社員が増えており、限られた時間 で効率的に働き、成果をあげた者を支援する意昧でも、本制度の重要性が増している。」(22頁)

ここでのポイントは「労使自治」である。裁 量労働制を法律で決めるのではなく、事業所ごとに労使委員会を設けて労使で合意して、労働基準監督署へ届を出せば自由に裁量労働制が可能だとするとんでも ない内容だ。キャノンは1日24時間働かせて良いとする36協定を労働組合との間で結んでいる。東電や三菱重工業などの大手企業もそれに近い。36協定は 青天井であり、際限がない。裁量労働制も労使自治となれば際限がなくなるのは明らかだ。

過労死・過労死自殺問題については完全に開き直っている。

「現 在、労働者の働き過ぎ防止が課題となっているが、もとより安心・安全な職場づくりは経営の大前提であり、企業は、これまで以上に過重労働防止に向けて取り 組む必要がある。特に、三六協定の設定上限時間は、労働時間の延長の限度に関する基準に適合させるとともに、特別条項付き三六協定を締結し、やむを得ず月 100時間以上の時間外・休日労働が発生した場合には、一定要件のもと、労働者に医師の面接指導を受けさせることを徹底すべきである。」(23~24頁)

時間外の限度時間は1ヶ月45時間、1年間360時間までは良いとして、100時間が超える特別な場合は医者に見せれば良いとしている。経労委報告は過労死・過労自殺についてひとかけらの反省もない。過労死・過労自殺を促進して憚らないのが経労委報告である。

16 頁で「非正規雇用の増加要因」は65歳までの雇用確保のために高齢者が増えたことと、家計補助的な女性労働者が増えたに過ぎなく、非正規が増えたからどう かしたのかという論調で書かれている。そこには就活を苦にして自殺する青年労働者や学生の姿を完全抹殺している。経労委報告は青年・学生の過労死・過労自 殺に言及できない。こういう経労委報告を出す事しかできない日本のブルジョアジーはすでに終わっている。徹底弾劾あるのみだ。

『過労死は何を告発しているのか 現代日本の企業と労働』(岩波現代文庫 森岡孝二著 2013820日第1刷)書評

 

本書は『企業中心社会の時間構造―生活摩擦の経済学』(青木書店 1995年 森岡孝二著)を骨格に書き直された過労死研究の決定版ともいうべき書である。本のカバーには次のように書かれている。

「な ぜ日本人は死ぬまで働くのか。なぜ過労死は依然として減らないのか。本書は過労死問題の第一人者がこの四半世紀を踏まえて、働きすぎのメカニズムを検す る。労働時間について、会杜のあり方について、その実態を正確につかむことがまず求められている。過重労働とストレスがもたらされる要因を具体的に解明 し、過労死・過労自殺をなくす方策を展望した本書こそ、全勤労者とその家族必携の一冊。」

読み始めてまず衝撃を受けるのが青年労働者の過 労自殺数である。著者は2008年度から2011年度の間の過労死と過労自殺にかかわる労災請求件数の年齢別分付図を作成している(21頁)。この表によ れば過労自殺数が一番多いのが30~39歳であり1477件である。同年齢層の過労死は358件。40~49歳の過労自殺は1246件、過労死は850 件。20~29歳の過労自殺は951件、過労死は90件である。19歳以下は過労死はゼロであるにもかかわらず40件の過労自殺がある。

二番目に何故だろうと考えさせられるのは「労働時間が減って過労死・過労自殺が増えた?」という見出しである(23頁)。その原因に労働時間の二極分化が ある。週35時間未満の短時間労働者が増大して平均労働時間が減少する一方で、男性フルタイム労働者はサービス残業を含む、過労死・過労自殺ラインの月 60時間を超える長時間労働を強いられている。「1975~90年の変化を見れば、一方では産業予備軍の主力部隊といえる週35時間未満の短時間労働者が 353万人から722万人へと二倍に増加している。他方では過労死予備軍ともいえる週60時間以上の超長時間労働者が380万人から753万人へとこれま た二倍に増加している。」(同著86~88頁)過労死とワーキングプアの並存状況がここにある。

本書の基本構造は働きすぎの正社員が過労 死・過労自殺に追い込まれ、短時間労働者は年収200万以下のワーキングプアの並存状況におかれているという展開である。しかしここで「どうなのだろう か」と考えさせられるのは、過労自殺・過労死に追い込まれているのは長時間労働で働く労働者だけなのかという疑問である。短時間労働で生活できない青年労 働者がダブルジョブ・トリプルジョブを行っている実態はどうなのか? そういう視点から青年労働者の過労自殺問題に迫る必要があると感じた。

第三に著者が切り込んでいるのは過労死・過労自殺の決定的要因となっている長時間労働とサービス残業問題である。不払い残業の蔓延は政府も認める公知の事 実であるがこれに関する政府統計はない。政府・厚生労働省の「毎月勤労統計調査」は割増賃金を支払った時間のみを集計していて不払い残業時間は統計上は存 在しないことになっている。また変形労働時間性、裁量労働制が労働時間の概念を曖昧にさせている。さらに労働基準法第41条第2項にいう「管理監督者」の 対象とされる労働者は労働時間適用除外者になり、時間外にいくら働いても残業がつかないばかりか労働時間規制がない。ここでいう管理監督者というのは経営 者と一体的な地位にあるものを指すのだが名ばかり管理職の労働者がサービス残業をさせられる温床になっている。先日東京新聞で暴露された「見なし残業手 当」「固定残業代」という手法も残業代をごまかし、長時間労働を激化させる要定は1日24時間労働因となっている。

第四に問題にしている のは「青天井の36協定」である。平岡事件と呼ばれる椿本精工の作業長の過労死が例として取り上げられているが(137頁~)、裁判に提出されたタイム カードによれば365日休みなく働いて1日11時間の拘束を受けたと同じだけ働いていたという。労働組合が結んでいた36協が可能な青天井の協定であり、 労基署もそれを認めてきた。

第5に、「ポテトチップス工場のQCサークルと作業長の過労死」(149頁~)、「トラックエンジンの設計技術 者の過労死」(172頁~)、「証券営業マンの過労死」(201頁~)、「和民の過労自殺事件」(243頁~)、「大庄グループ・日本海庄やの過労死事 件」(245頁~)等々、・過労自殺の具体的事例を取り上げて追及している点が問題の本質に迫る意味で極めて重要だ。タイムカード、日報など裁判で提出さ れた資料が掲載されている。

第6に「ブラック企業」が問題になっているが、特別なブラック企業があるわけでなく、経団連の会長・副会長の企 業を先頭に日本の大企業・基幹産業が「ブラック企業」であり、そこの労働組合が共犯者だ。例えば先の協定の問題に言及すればキャノンは労働組合との間で1 日15時間の残業が可能な36協定を結んでいる(293頁表)。1日は8時間しかないのだから拘束を含むと24時間働かせて良いという協定だ。1ヶ月では 90時間が上限である。パナソニックは1日13時間45分、1ヶ月100時間、三菱重工業同13時間30分、3ヶ月で240時間、東京電力は同12時間 10分・100時間である。過労死ラインの月60時間を超える36協定を労働組合との間で結んでいるのだ。

第7。209~214頁にかけて「教師の労働環境の悪化とうつ病の多発」、215~218頁にかけては「医師と看護師の超長時間労働と過労死・過労自殺」と題して実例があげられている。

「近 年における教師のあいだでのうつ病の増大は、今日の学校教育をとりまく環境の変化に起因する教師の仕事量と心理的負担の増大によるところが大きい。子をも つ親のあいだでも、非正規雇用が拡大するなかで、子どもと触れ合う時間的、経済的余裕がない親が増えている。また、家庭の教育力が低下し、保護者の学校に 対する教育ニーズが高まるとともに、学校に持ち込まれるトラブルも増えている。校内暴力やクラスの荒れも深刻化している。また、貧困世帯や一人親世帯が増 えるにつれて、教師の仕事量は高まる傾向にある。にもかかわらず、教員定員が抑えられ、臨時教員が増えているために、教師の労働環境は悪化する一方であ る。」(211~212頁)。

教育労働者の過労死・過労自殺は労働者の非正規化のメダルの表裏の関係にある。

結論として 「過重労働対策と過労死防止運動」を「過重労働対策基本法」制定運動に集約している点は筆者の政治的立場をよく表していて幻滅を感じる。第1章の「企業中 心社会はいかにして成立したか」で1980年代に入り労働組合がストライキを撃てなくなったことが過労死社会を招いていると論じているが、なぜ労働組合が ストライキを撃てなくなったのかについての論究はない。国鉄分割・民営化攻撃=新自由主義の攻撃を回避して論じている点と、過重労働対策基本法制定運動は 一体のものなのだ。動労千葉のように闘うこと、階級的労働運動を甦らせること以外に過労死・過労自殺に歯止めをかけることはできない。しかし、過労死・過 労自殺の実態に踏み込んでいる点で学習する価値のある書である。書評を書いたのはそのためである。