『資本主義社会とはいかなる社会なのか』『資本論』を学ぶ

『資本主義社会とはいかなる社会なのか』『資本論』を学ぶ

西部労働学校 2010・4・25,6・6–講義録

東部ユニオン委員長 小泉義秀

Ⅰ 資本主義は毛穴から血と汚物を滴らせながら生まれた

今私たちは資本主義社会に生きています。それも死滅しつつある、死にそうな資本主義の最後の段階の帝国主義の時代です。今資本主義の終わりが始まったと言われています。資本主義社会は永遠の昔から存在していたわけでも、これからもずっと続いていく社会ではありません。人間の歴史のある一つの通過点の社会にすぎないのです。どうしてそう言えるのかについてはこれから順を追って学んでいきたいと思います。今日は先ずその資本主義がどうやって生まれてきたのか。資本主義社会はどのようにして成立してきたのかを学びます。
その上で最初に確認しておきたいことは、私たちは学者や宗教家ではないので、資本主義社会をあれこれ解釈したり、こういうものだと思い込むために学習しようとしているわけではないということです。マルクスは「哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきたにすぎない。だが大切なのは、世界を変革することである。」と述べています。私が資本主義社会の仕組みがどうなっているかを学ぶのは、このマルクスの言葉に共感するからです。
資本主義の資本とはそもそも何か。労働者(プロレタリアアート)階級とはいかなる階級なのか。『資本論』(カール・マルクス著)第1巻をベースにしながら勉強していきたいと思います。『資本論』第1巻は1867年9月にドイツで刊行されました。歴史上初めて世界恐慌が勃発したのは1857年。それから10年後のことです。フランスのパリで世界で最初の労働者の政府-パリ・コンミューン-が樹立され、鎮圧されたのが1871年のことです。『資本論』が書かれた時期は労働者と資本家の階級対立が激化し、労働者の階級闘争が本格化してきた時期です。マルクスはそういう労働者の闘いの発展にせきたてられながら『資本論』の膨大な草稿書いたのです。
資本主義社会がどのようにして生まれたのかということですが、資本主義社会というのは基本的に賃労働と資本の関係で成り立つ社会です。労働力が商品となり、労働力を売る以外にない労働者が資本家に搾取される関係が基礎となる社会です。ですから、労働力以外に何も持たないプロレタリアート=労働者が先ず生み出されなければなりません。それと最初の資本、いわゆる元手が必要です。この二つの要因があって初めて資本主義が成立するわけですが、最初にどうやって「元手」と労働者が作り出されたのかの話を最初にします。この展開は『資本論』第1巻の流れとは逆の1巻の最後の章の話を最初にするということなのですが、この方が分かりやすいかと思ったからです。

直接的生産者、労働者は、彼が土地に縛りつけられていて他人の農奴、または隷農になっていることをやめてから、はじめて自分の一身を自由に処分することができるようになった。自分の商品の市場が見つかればどこへでもそれをもっていくという労働力の自由な売り手になるためには、彼らはさらに同職組合の支配、すなわち徒弟・職人規則やじゃまになる労働規定からも解放されていなければならなかった。こうして、生産者たちを賃金労働者の転化させる歴史的運動は、一面では農奴的隷属や同職組合強制からの生産者の解放として現れる。そして、われわれのブルジョア的歴史家たちにとっては、ただこの面だけが存在する。しかし、多面では、この新たに解放された人々は、彼らから全ての生産手段が奪い取られ、古い封建的な諸制度によって与えられていた彼らの生存の保証がことごとく奪い取られてしまってから、はじめて自分自身の売り手になる。そして、このような彼らの収奪の歴史は、血に染まり火と燃える文字で人類の年代記に記されているのである。(『資本論』第1巻第3分冊大月文庫版360頁 )
画期的なのは、人間の大群が突然暴力的にその生活維持集団から引き離され無保護なプロレタリアとして労働市場に投げ出される瞬間である。農村の生産者すなわち農民からの土地収奪は、この全過程の基礎をなしている。(同361頁)
ここで書かれていることは農奴が農地から暴力的に引き離されて労働者が生み出される過程の話です。封建社会の領主と農民の関係は、ヨーロッパにおいても地域によって多少異なりますが、西洋の場合は三圃制度という農法が主流でした。農地を3つに分けて1週間のうち例えば3日を領主の土地で働き、3日を自分の農地で働き、1日休みます。3つの内の一つは休耕地です。そこには牧草を植えて休ませ、牧草は家畜の餌にします。こういうのを賦役といいますが、封建制度の農民は賦役という形で領主の土地で働いてその生産物は全部領主のものになります。3日は自分の土地で働きその生産物は自分のものです。3つの土地は毎年順番に移動して、今年領主の土地を耕したら来年は今年の休耕地を耕し、自分の土地は来年は休ませるという形をとるのです。この場合は収奪される仕組みが簡単明瞭です。3日・3日だから半分を収奪される関係が明瞭なのです。封建性社会は賦役か年貢かまたその両方の組み合わせで収奪されていました。しかし、封建性社会の農民は少なくとも自分の土地を持っていたということです。山に入り山菜を採ったり、まきを拾ったりする入会権もありました。したがって労働力以外に何も持たない労働者とは違っていたのです。封建領主に収奪される農奴の生活は苦しかったに違いありません。移動の自由も、結婚だって領主の承諾を得なければなりませんでした。土地ごと別の領主に売られることもありました。しかし少なくとも働く時間は陽のあるうちだけだから、24時間交代で働いている今の労働者とどちらの生活が楽かは分かりません。比較のしようがありませんが、今の労働者の方が酷いかもしれません。労働者はこの農民から土地を奪いとり、たたきだすことにより生み出されました。16世紀のイングランドの一部で行われた囲い込みがそれです。羊毛工業が発達し、毛織物のための羊を飼うために農民を土地から追い出すのです。背広がイギリスというのはこの時代からのことです。18世紀に第二次囲い込みが行われ自営農民は土地をうばわれ労働者になります。『資本論』第1巻の最終章はその過程が描かれています。
1814年から1820年まで、この15000の住民、約3000戸の家族は、組織的に追い立てられて根絶やしにされた。彼らの村落は残らず取り壊されて焼き払われ、彼らの耕地はすべて牧場に変えられた。イギリスの兵士がその執行を命ぜられ、土着民と衝突することになった。一老婦は小屋を去ることを拒んで、その火炎に包まれて焼け死んだ。このようにしてこの夫人は、いつともない昔から氏族のものになっていた794000エーカーの土地をわがものにした。追い払われた土着民には、彼女は海浜に約6000エーカー、一戸あたり2エーカーをあてがった。この6000エーカーは、それまで荒れるにまかされていて、所有者に少しも収入をもたらさなかった。女公は、その気高い気持ちに駆られて、数百年前から公家のために自分たちの血を注いできた氏族員たちにこの土地を1エーカー平均2シリング6ペンスの地代で賃貸しした。横領した氏族地全体を彼女は29の大きな賃貸し牧羊場に分割し、それぞれに、たいていはイングランド人である農僕を1家族づつ住まわせた。1825年には15000のゲール人はすでに131000の羊にとって代わられていた。土着民のうちで海浜に投げ出された部分は、漁業によって暮らしを立てようとした。彼らは両棲動物になった。そして、イギリスのある著述家が言っているように、半分は陸上、半分は水上で暮らしたが、しかも両方合わせて半人分の暮らししかしていなかったのである。(同384~385頁)
このようにして農民は土地から切り離されて無保護なプロレタリアートになるわけですが、それが生み出されたのと同じような速さでは、新たに起きてくるマニファクチュアによって吸収されることはできませんでした。彼らは群れをなして乞食になり、盗賊になり、浮浪人になりました。
ヘンリ八世、1530年。老齢で労働能力のない乞食は乞食免許を与えられる。これに反して、強健な浮浪人にはむち打ちと拘禁とが与えられる。彼らは荷車のうしろにつながれて、からだから血が出るまでむち打たれ、それから宣誓をして、自分の出生地か最近3年間の居住地に帰って「仕事につく」ようにしなければならない。なんという残酷な皮肉だろう! へンリ8世の27年には前の法規が繰り返されるが、しかし新たな補足によっていっそう厳格にされる。再度浮浪罪で逮捕されればむち打ちが繰り返されて耳の半分を切り取られるが、累犯三回目には、その当人は、重罪犯人であり公共の敵であるとして死刑に処されることになる。
エドワード6世。その治世の第1年、1547年の第1法規は、労働することを拒むものは彼を怠惰者として告発した人の奴隷になることを宣告される、と規定している。主人は自分の奴隷をパンと水と薄いスープと彼にふさわしいと思われるくず肉とで養わなければならない。主人は、奴隷にはどんないやな労働でもむちと鎖でやらせる権利を持っている。奴隷は、14日間仕事を離れれば終身刑の宣告を受けて、額か背にS字を焼きつけられ、逃亡三回目には国に対する反逆者として死刑に処せられる。主人は奴隷を、他の動産や家畜と全く同様に、売ることも遺贈することも奴隷として賃貸しすることもできる。奴隷たちが主人に逆らってなにごとかを企てれば、やはり処刑される。治安判事は告訴にもとづいてこういうやつらを捜査しなければならない。浮浪人が三日間ぶらついていたことがわかれば出生地に送られ、灼熱のこてで胸にV印を焼きつけられて、その地で鎖につながれて街路上やその他の労役に使われる。もし浮浪人が嘘偽の出生地を申し立てれば、その地の住民または団体の終身奴隷にされ、S字を焼きつけられる。だれでも、浮浪人からはその子供を取り上げて、男は24歳まで、女は20歳まで徒弟にしておく権利を持っている。もし彼らが逃亡すれば、この年齢になるまで親方の奴隷にされ、親方は彼らを好きかってに鎖につないでむち打ったりすることができる。…
こうして、暴力的に土地を収奪され追い払われ浮浪人にされた村民は、奇怪な恐ろしい法律によって、賃労働の制度に必要な訓練を受けるためにむち打たれ、焼印をおされ、拷問されたのである。
一方の極に労働条件が資本として現れ、他方の極に自分の労働力の他には売るものがないという人間が現れることだけでは、まだ十分ではない。このような人間が自発的に自分を売らざるをえないようにすることだけでもまだ、十分ではない。資本主義的生産が進むにつれて、教育や伝統や慣習によってこの生産様式の諸要求を自明な自然法則として認める労働者階級が発展してくる。完成した資本主義的生産過程の組織はいっさいの抵抗をくじき、相対的過剰人口の不断の生産は労働の需要供給の法則を、したがってまた労賃を資本の増殖要求に適合する軌道内に保ち、経済的諸関係の無言の強制は労働者に対する資本家の支配を確定する。経済外的な直接的な強力も相変わらず用いられはするが、しかし例外的でしかない。事態が普通に進行する限り、労働者は「生産の自然法則」に任されたままでよい。すなわち、生産条件そのものから生じてそれによって保証され永久化されているところの資本への労働者の従属に任されたままでよい。資本主義的生産の歴史的生成期にはそうではなかった。興起しつつあるブルジョアジーは、労賃を「調節する」ために、即ち利殖に好都合な枠のなかに労賃を押し込んでおくために、労働日を延長して労働者自身を正常な従属度に維持するために、国家権力を必要とし、利用する。これこそは本源的蓄積の一つの本質的な契機なのである。(同397頁)

現在のわれわれ労働者は労働力以外に何も持たない現実と毎日毎日職場に通い労働する関係を一つの自然条件であるかのように受け入れていますが、こうなるまでには幾世代もかかったのです。イギリスでは数百年かけて国家暴力による上記の経緯をたどりながら労働者が生み出されてきたのです。
では「元手」・資本はどのようにして生み出されたのか。略奪です。人間の略奪を含みます。植民地支配です。国家公認で海賊行為が正当化され、そうやって得た金が元手になるのです。世界史の授業ではないので詳しくやりませんが、三角貿易は象徴的です。大西洋三角貿易のシステムは次のようなものです。ヨーロッパから火器や綿布・雑貨が送られ、西アフリカで黒人奴隷と交換し、奴隷をアメリカのプランテーションで生産された砂糖と交換しました。アメリカで奴隷を売却した船は為替や現金の他に砂糖や綿花のような植民地物産を得てヨーロッパに帰りました。北アメリカに最初の奴隷がもたらされたのは1619年のことで男女合わせて20名でした。オランダの奴隷商人が介在していました。アメリカの南部ではタバコ、綿花栽培のために奴隷が使われ、ヴァージニアだけで18世紀半ばに白人17万人に対し黒人奴隷12万人です。1500年から1870年までに南北に輸入された黒人奴隷は約960万人と言われています。奴隷狩りにあったアフリカの地域が疲弊したのは言うまでもありません。こうして流入した金をもとにして産業資本主義が始まるのです。有名な東インド会社は植民地経営のための会社でした。スペインが敗退していくのは奴隷市場を持っていなかったことが一つの大きな要因です。こういう歴史を学ぶとマルクスが書いている「彼らの収奪の歴史は、血に染まり火と燃える文字で人類の年代記に記されている」という一節が大げさではないことが良く分かります。

Ⅱ 人間が働く=労働することの意味

次に人間が働くということはどういうことなのか。人間の労働がどういう意義を持っているのかについて考えてみたいと思います。『資本論』では「労働過程」という章で展開されています。この労働過程の考察は人間労働の永遠の自然条件としての、どんな社会かに関わりない人間労働についての意味をとらえようとしています。資本主義社会の今の我々の労働だけでなく、江戸時代にも、石器時代の労働にも当てはまる超歴史的な人間の労働というものについての意義です。マルクスは以下のように述べています。引用文だけだと難しいですが後で説明しますので我慢して読んでください。
労働は、まず第一に人間と自然との間の一過程である。この過程で人間は自分と自然との物質代謝を自分自身の行為によって媒介し、規制し、制御するのである。人間は、自然素材にたいして彼自身一つの自然力として相対する。彼は、自然素材を、彼自身の生活のために使用されうる形態で獲得するために、彼の肉体にそなわる自然力、腕や脚、頭や手を動かす。人間は、この運動によって自分の外の自然に働きかけてそれを変化させ、そうすることによって同時に自分自身の自然[天性]を変化させる。彼は、彼自身の自然のうちに眠っている潜勢力を発現させ、その諸力の営みを彼自身の統御に従わせる。(『資本論』①312頁)
人間が労働するという場合に必ず自然にあるものをどうにかしようとするわけです。例えば紙を作るために木を切りだしてチップにします。自然に存在している木を加工して紙にしようとするわけです。ここで「物質代謝」というのは木を紙というモノに変えるための全ての行為を言っています。木を切り刻みチップにして、チップを蒸して柔らかくしてパルプを作る。この行為と木を紙にする過程を難しい言葉で「物質代謝」と述べているのです。「媒介し、規制し、制御する」というのは、木をチップにするために人間がチェーンソーを使って木を切り、なにがしかの機械を使って切り刻み、ちょうど良い大きさにして、蒸し機にかけるということ。人間も自然の一部として自然の木に相対するわけです。人間は木を紙に加工するために手足を動かし、頭を使います。自然の一部の人間が自然の一部である木に働きかけて木を紙に変化させるということです。ここで重要なのは自然の木を紙に変化させることを通して人間自身が変わるということです。木は硬くてチップにするのは容易ではないかもしれません。その場合は堅い木を切り刻むのが容易な機械を開発したり、柔らかい木を育てたりします。木に含まれているリグニンという成分が紙を酸化させる要因であることを研究によってつきとめ、リグニンを取り除くことにより酸化しない紙を開発する。このようにして人間自身も変わる。人間は自然に立ち向かいそれを自らの目的に変化させることを通して自らも学び、変化し、成長していくということです。人間は自然を変化させ、そうすることによって自分自身の自然(天性)をも変化させ、人間としての自己を発展させてきたということです。人間は労働によって人間として歴史的に自己を形成してきたのです。
このことに踏まえてマルクスは人間の労働が目的意識的に、計画性をもって行われることを確認します。

蜜蜂はその蝋房の構造によって多くの建築士を赤面させる。しかし、もともと、最悪の建築師でさえ最良の蜜蜂にまさっているというのは、建築師は蜜房を蝋で築く前にすでに頭の中で築いているからである。労働過程の終わりには、その始めにすでに労働者の心像の中には存在していた、つまり観念的にはすでに存在していた結果が出てくるのである。労働者は、自然的なものの形態変化を引き起こすだけではない。彼は、自然的なもののうちに、同時に彼の目的を実現するのである。その目的は、彼が知っているものであり、法則として彼の行動の仕方を規定するものであって、彼は自分の意志をこれに従わせなければならないのである。そして、これに従わせるということは、ただそれだけの孤立した行為ではない。労働する諸器官の緊張のほかに、注意力として現れる合目的的な意志が労働の継続期間全体にわたって必要である。しかも、それは、労働がそれ自身の肉体的および精神的諸力の自由な営みとして享楽することが少なければ少ないほど、ますます必要になるのである。(同186頁)

蜜蜂と人間労働を対比させて説明しているところが面白いところです。蜜蜂は本能のおののくままに蜜房を作ります。蜜蜂は計画性をもって、意識的に蜜房を作るわけではありません。他方、人間はどんなに腕の悪い建築師でもどのように建物を建てるか、最初に頭で描いてから建物を建てようとします。この場合、頭に描いたとおりにそれが実現できるかどうかが問題ではありません。頭で描いたようには上手くいかないこともあります。しかし、必ず人間は目的意識的に計画を立てて実行するということです。そのために全神経を集中させて建物を建てようとするということです。フォークリフトに乗ってパレットを下すとき、客を乗せて機密の紙を車で運ぶ時、あるいはクランプに乗ってプレスを運ぶ時、一日中緊張して作業をします。そうしないと目的の作業を達成することができないし、ちょっと気を許したら事故を起こしてしまいます。労働するのは緊張を伴うものであり、遊びや楽しみでやるわけではありません。労働の喜びや達成感、誇りというものもありますが、ここでの記述は喜びや楽しみの次元ではなく、自然と闘う人間労働の厳しさにウエイトを置いています。人間労働は生きんがために自然と闘うということでもあります。最後の二行の興味深い記述はそういう意味です。疎外された労働のレベルでなく超歴史的な労働過程のところでこのように述べているということです。
人間が生きていくためには自然に働きかけることが必要です。土地や水を含む自然全部が労働の対象です。対象というのは土地に働きかけ、労働してたとえばキノコを採る。ワラビを採る。川の清水を器に入れて運んで水を飲む。この場合野原や川が労働の対象ということです。それから直接土地から摂取するだけでなく、人間は土地から自然を切り離して利用します。木材を紙にして、鉄鉱石を溶解して鉄を作り、鉄筋や鉄柱を作ります。鍬や刀も鉄から作ります。この場合鉄鉱石は労働対象です。その労働対象に人間の労働が加えられて変化したもの、例えば鉄の板や木の板は原料です。一旦人間の手が加えられているので、紙を作るパルプも原料です。自然にはそのまま存在しないものです。木を切り倒すのに使う鋸や斧、あるいはチェンソーは労働手段と言います。人間の手足、肉体の延長として人間は道具や機械を発明して利用します。これを労働手段というということです。土地はキノコや山菜を採ったり、木を切り出す場合は労働対象ですが、田畑にして稲を栽培したり、イモを作る場合には労働対象ではなく、労働手段になります。家畜も牛や馬が田畑を耕すのに使われる場合は労働手段になります。何故こういう労働手段だとか労働対象がどうのこうのと述べているかというと人間の労働がどのようなものかということを確認するためです。マルクスが次のように述べているのは重要です。

「なにが作られるかではなく、どのようにして、どんな労働手段でつくられるかが、いろいろな経済的時代を区別するのである。労働手段は、人間の労働力の発達の測度器であるだけではなく、労働がそのなかで行われる社会的諸関係の表示器でもある」(同315頁)

建築を例にとるとわかりやすいような気がします。奈良時代や平安時代は中国から学んだ建築の方法を使い、ノミやカンナなどの手作業で寺などを建てました。水準器もない時代にいろいろな工夫をして水平の位置を割り出したりして寺院を建てたと思います。基礎を作るのも大変だったと思います。鍬やスコップのようなもので穴を掘り、大きな石をいれて基礎を作るには大変な人数と労働時間と梃子の原理を使った様々な工夫があったと思います。大きな石を運んで穴に落とすだけでも大変な労力を要したでしょう。今ならバックフォーで掘って、ローダーやブルトーザーを使ってやれば直ぐ穴を掘ることができ、クレーンなどを駆使すればもっと簡単です。基礎工事もコンクリートを流せば済んでしまいます。だから何を作るかではなく、どのような労働手段を使って人間同士がどのような協力をしないながら建物をたてるかという関係含めて社会的関係を表しているし、労働量の発達の測度器だというわけです。
人間は自然の素材に労働を加えることにより、その自然を人間が使いやすいように変化させて消費します。先の建築を例にとれば山から木を切り出し、木を切るなり、丸太のまま使うにしても柱を立て、雨漏りがしないように屋根を付けて家を作ります。人間の欲望に合わせて労働を加え、木を変化させて家というモノに加工したということです。この過程で道具=労働手段が使われました。この家を建てる場合、今では基礎にコンクリートを使います。この場合コンクリートは石灰岩を焼いて粉末したものに水を加えて作ります。セメントは石灰岩を加工して作られた原料であり、人間の労働が加えられたものです。種々の労働過程はこのように幾つもの人間の過去の労働の連鎖、継承でもあるのです。
例をもう一つ。固形石鹸を作る場合、牛の脂と苛性ソーダを化学反応させます。牛脂をヘットと言い、個形の乾いた油の塊です。牛は鋤を引く生産手段にもなりますが、死んだら脂が石鹸の原料に、革はかばん等になります。牛脂を熱して苛性ソーダを加え、90度くらいの温度で混ぜ合わせると化学反応で石鹸ができます。苛性ソーダは自然に存在している物質ですが、個形や液体にして種々の物質を生産する原料になります。人間はこのように自然に存在しているものに、労働を加え人間が生活に使うためのモノに変化させるということです。この場合牛脂と苛性ソーダが原料。窯と蒸気を作り出す装置が生産手段ということになります。完成した石鹸は牛脂や苛性ソーダを作った過去の人間労働と石鹸を作り出す労働が重なり合っています。窯を作る労働や蒸気の装置を作る労働も全部重なり合って石鹸の中に入り込んでいるということです。生産手段の中に付け加えられた過去の労働は生産手段が使われなく、放置されていたら錆びて使えなくなります。100万円以上するフォークリフトだって毎日使うことによって生産過程で生き生きと消費されます。もし1年も使わないで、雨ざらしにしていたら錆びて動かなくなり、使い物にならなくなります。そうするとフォークリフトという機械を作る過程で対象化された人間の過去の労働もそのまま朽ち果ててしまいます。毎日われわれが乗ることによって、生きた人間の労働が加えられ、新たに紙を生産する過程の運搬の道具として使われることにより、生産手段に含まれていた過去の死んでいた労働が息を吹き返し、紙という新たな生産物の中に移転されていくのです。人間の労働は紙に新たな労働を対象化する、付け加えると同時に、過去の生産手段や原料に対象化されていた労働を紙という新たな生産手段に移しかえるのです。死んだ労働が生きた労働によって生命力を与えられ、移転するということです。ここのところはかなり重要な部分です。何百億円もの価値を持つ生産手段、いわゆるものすごいプラントや機械があったとしても、人間の生きた労働が加えられないことには、何も生み出しはしないのです。放っておけば機械は錆びて使えなくなります。ただ朽ち果てるだけです。種々の理由により生産手段と生きた労働力がうまく結合できなくなると恐慌に発展します。そういう難しい問題もこういう基礎的なところを踏まえておくとわかりやすくなるので頭に入れておいてください。
以上労働過程論のまとめとしてマルクスは次のように述べています。

これまでにわれわれがその単純な抽象的な諸契機について述べてきたような労働過程は、使用価値をつくるための合目的的活動であり、人間の欲望を満足させるための自然的なものの取得であり、人間と自然とのあいだの物質代謝の一般的な条件であり、人間生活の永久的な自然条件であり、したがって、この生活のどの形態にもかかわりなく、むしろ人間生活のあらゆる社会形態に等しく共通なものである。それだから、われわれは労働者を他の労働者との関係の中で示す必要はなかったのである。一方の側にある人間とその労働、他方の側にある自然とその素材、それだけで十分だったのである(同322頁)

最初に述べたようにここでの労働過程の話は超歴史的な資本主義社会、今の社会に限らない人間が自然との関係の中で培ってきた労働の意味を考えるために、さしあたっては資本主義に限らないことを前提にしてきました。ところどころ資本主義での話もしましたが。ここで使用価値という言葉が出てきました。これから時々出てきますので意味を確認しておきます。使用価値というのは人間の生活において使いものになるモノというような意味です。例えば木はそのままでは使い物にはなりません。椅子にするとか、家の柱にするとか、テーブルにするとか加工して使えるものにします。この日常生活に使える価値を持つモノのことを使用価値と言います。だからこの引用文で合目的活動と言っているのは木をテーブルや柱、椅子などに加工するという目的をもって労働を加える、そのことを合目的的活動というのです。物質代謝という難しい言葉を使っていますが、木を切り、テーブルにして使えなくなったらマキにして燃やしてしまい、灰は山に捨てられ、また木を植えてと循環していきます。自然を取り入れまた自然に帰していくというような意味で物質代謝という言い方をしているということです。この人間と自然の関係、人間が自然に存在しているあるものに対して労働を加え、加工して消費して生きていく。こういう関係は石器時代にも行われていたし、資本主義の世の中でもこれから共産主義社会が実現しても永久的な自然条件として行われるということです。この場合どういう人間関係の中で行われるかはさしあたって考慮しないで話を進めてきたわけですが、では資本主義社会の中ではこの事がどのように行われているのかを見てみようということで、これから資本主義社会の中で、この関係がどのように行われているかを考えてみましょうということです。
資本主義社会の中では今述べてきたことは二つの現象を示しています。ひとつは労働者は資本家に雇われて仕事をしているということです。だからこの労働は資本家のものになります。パン工場で働く労働者が自分で作ったパンだからと言ってそれを勝手に食べたり、家へ持ち帰ったら犯罪になります。資本家は労働者を馬を借りてきて使うのと同じように使用することもできるのです。
では次に資本主義社会においての労働はどのようなものかに入っていくわけですが、その前にいくつか重要な前提となる話を飛ばしてきましたので、一旦「労働過程」のところはまた後でということにして、『資本論』の展開の最初に戻って話を進めます。
最初の所で述べたように『資本論』は資本主義社会がどのような仕組みになっているかを明らかにした書です。例えば人間を解剖するとしたら、最初は皮膚にメスを入れ、内臓にいたり、頭に穴をあけて脳や前頭葉を調べ、最後は顕微鏡で細胞を一つひとつ調べ、DNAまで調べることをするでしょう。人間の経済社会は生物を解剖するように実験室で顕微鏡をつかって行うわけにはいきません。資本主義社会を解剖するためには、いろいろな統計を調べたり、歴史を勉強したり、いろいろ必要ですが、重要なのは抽象する力と唯物史観です。そこでマルクスは思考において資本主義社会を解剖していって、生物でいえば最少単位の細胞に到達します。資本主義社会の細胞は商品だというわけです。商品が資本主義社会の最小単位の細胞であるというのです。資本主義社会の巨大な富は商品の集まりであると。そこでマルクスは商品とは何かという分析をしていきます。資本主義社会では、あらゆるものが商品になっています。商品に資本主義社会の全部が詰まっています。資本主義社会の秘密の全部がここに隠されています。だからここはかなりしつこく追及しますので心得ておいてください。今から話す商品は資本主義社会の商品です。商品はそれだけ取り出すと、江戸時代にも古代ローマ時代にもありました。貨幣=お金もその時代からありました。しかし資本主義社会の商品とは異なります。商品は商品でも同じものではありません。資本主義社会の商品は労働力、すなわち人間の労働する能力が商品になっていることを基礎としてあらゆるものすべてが商品になっている社会です。江戸時代は封建制社会のすきまで、部分的に商品が生まれ、部分的に貨幣=お金が流通したにすぎないのです。だから商品といってもその中に含まれている種々の関係が全く異なるのです。関係性というのは商品がいかなる生産様式、生産力の下で生産されたか、その関係性、資本家と労働者の階級関係の下で、資本主義的な生産の下で造られたのか、それとも封建社会の中での生産関係の中で、たまたま商品になった商品とは違う関係のもとで生産されたということからしても違うということです。資本主義社会の商品は機械製大工業の下で労働力が平均化する条件があり、その下で生産された商品です。商品というのはコンビニやスーパーで値段をつけられて売られている煙草・酒・パン・菓子・大根・車・テレビ等々のことです。煙草なら200円、酒なら1000円、パンなら150円、大根100円、車100万円、テレビ10万円とか値段が付いています。これらは自然にある物質に労働を加えて、できたものであり、必ず我々が使えるものでなければなりません。使い物になるモノ、人間が生きて生活していく上で役にたつものです。これを先に述べたように「使用価値」と言います。使用価値と言っても商品になる生産物は必ず他人のための使用価値でなければなりません。例えば、労働者が家庭菜園で大根やホウレンソウを育てたとします。それは自家消費するためで自分と家族が食べてしまいます。これは自分のための使用価値であり、他人のための使用価値ではありません。他人が消費するための、他人に売るための使用価値が商品となるということです。コックさんがホテルで客に料理を出す場合は、他人のための使用価値、料理であり、商品です。しかし、家庭でホテルで出す同じ料理を自分と家族が食べるために作ったとしても、それは商品ではありません。自分のための使用価値です。だから他人のための使用価値だけが商品になります。他方で、商品は必ず値段が付いています。100円、200円、10万円、1000万円という値段がついていますが、なぜそういう値段がつくのか。その商品にはそれだけの「価値」があるからです。では価値とは一体何なのか。商品というのはその使用価値を問題にしなければ、残るものは人間が労働して作り出した生産物であるという性質以外のものは何もありません。だから、商品の価値というのはその商品に費やされ、支出された人間の労働なのです。
人間の労働は人間の生命力の支出です。労働するということは神経を使い、頭を使い、手足や目、耳など体全部を使い何がしかのモノを生産したり、運搬したり、計算したり、とにかく自分の体を使って働きます。一日8時間働いたらくたくたになり、酒を飲んで飯を食って良く寝なければまた次の日働くことはできません。三直職場で一・二直16時間連続とか24時間連続で働いた人もいますが、そういうことは例外的にあったとしても恒常的には不可能です。この時期には仕込み職場で現職が死亡しています。過労死というのは人間の生命力である労働を、体力の限界を超えて働くことにより起きます。だから労働というのが生命力の支出であるというのはわかると思います。この人間の労働は必ず具体的な目的をもって行われます。紙を作るために原料をコンベアーに流すという具体的な労働です。古紙の選別も原料に余計なものが混入してトラブルが起きないようにする作業です。これも極めて具体的です。その同じ労働者が今度は引き取りの業務もやります。今度は車の運転です。労働は車を運転して原料を運ぶ作業です。これも具体的です。このドライバーは古本屋の店員であることもできるし、ペットフードのセールスをやる労働者であることもでき、いろいろな種類の労働ができます。今の例は一人の人間があれこれの労働をやった場合の話をしましたが、これは全労働者を対象にして考えることができます。われわれは紙を作る労働ですが、隣では薬品を作る労働をやっている。その隣では針金を作っている…というように、労働者は必ず具体的なモノを作る、他人のための使用価値を作る労働をやっています。このような労働の側面を「具体的有用労働」と言います。他面、それぞれの労働者の労働の種類は全部違っても、頭や目、耳を使い、神経を使い、筋肉を使い、体全部を使って働くという側面においては人間の生命力の支出です。労働には必ず二つの側面があり、使用価値を作るという有用労働と、どれか何かをつくるという使用価値には関わりなく、人間労働全般に共通する側面としての労働を加えるという側面があります。これが価値の実態なのですが、これを「抽象的人間労働」と言います。人間の労働は使用価値を作る労働をやると同時に、抽象的な人間労働を生産物に付け加えるという二つのことを同時に行うのです。

Ⅲ お金(貨幣)の謎

これまで述べてきたように資本主義社会の富は商品の巨大なあつまりです。資本主義の細胞が商品だということです。商品は必ず使用価値でなければなりません。生産物は必ず何らかの自然素材に労働を加えてできたものです。商品は人間の何らかの欲望を満たすものであり、有用物です。同時に何がしかの値段が付いています。商品は例えば、パンが100円、テレビが10万円、車は100万円とか値段が付いています。そしてパンは食べて生きていくために必要な使用価値です。テレビや車はなくても生きていけますが、娯楽や交通手段として生活に必要な使用価値を持っています。同時についている値段は使用価値とは異なる交換価値を持っています。交換価値というのはある商品がある商品と交換される商品の一定量です。パン1000個とテレビ1台。テレビ10台と車1台が交換できるというような交換比率を表しています。ではなぜ商品がこのように交換できるのかといえば、商品に内在する価値があるからではないかということです。その価値とは人間労働。その商品の生産のために費やされた人間の労働であるということです。諸商品の価値として共通なものは、その商品のために費やされた人間の労働です。パンや車や紙をつくるという具体的で有用な労働を無視するとそこに残るのはあれこれの具体的でない無差別の人間労働が支出されているということです。マルクスは人間の労働が労働生産物=商品に凝固物となり結晶化したものを「抽象的人間労働」と言っています。これが商品の価値の実態なのです。マルクスは以上のように労働の二重性・二面性について述べており、マルクスは「(このことは)私がはじめて批判的に指摘したものである。この点は経済学の理解にとって決定的な跳躍点である」と言っています。マルクスは上着を例に取り上げているのでここでも上着を例にとって学んでいきたいと思います。ブレザーでも背広でも良いのですが、ここでは背広ということにしましょう。背広は衣類であり、人間が寒さをしのぎ、生活していく上で必要な使用価値を持っています。上着を作る労働は上着をつくるという具体的な有用労働です。背広は羊毛から作られていますから、背広が出来上がるまでには、羊を飼い、毛をかり、すいて細い糸にして、織機にかけて反ものにして、それから仕立屋が裁断して、縫う作業をして完成します。羊は飼っているわけですが、自然界の生き物であり、毛は自然に存在するものです。この自然に存在するものに人間の労働を加えて背広が完成するのです。どんな商品でも必ず自然に存在するものと、人間労働の二つの要素が結合しています。人間の労働は自然に支えられているということです。もし背広から人間の労働を取り去ると残るものは羊の毛だけということです。重要なことはここでは背広を作るという具体的な有用労働を行うという側面があるということです。他方背広をつくるという人間の労働は別の側面では手足を使い、目や耳頭を使い、神経を使い、エネルギーを使う。いわゆる人間の生命力を消費するという側面を持っています。これは自動車や紙や針金やパンを作る場合も、それらの使用価値、具体的有用労働を作る労働という側面の他に、人間労働一般を消費するという側面があります。この人間労働一般を抽象的人間労働と言います。
資本主義社会においてはあらゆる労働生産物が商品として生産されています。さらに基本的な生産物は全部機械制大工業=工場制を基盤とした労働によって生産されています。平均的に誰でも普通の人間が特別の発達なしに自分の肉体の内に持っている単純な労働力を支出することができる条件を持っています。そのことによって抽象的人間労働に還元される条件があるということです。
労動の二重性についてマルクスは次のように整理しています。

すべての労働は、一面では、生理学的意味での人間労働の支出であって、この同等な人間労働または抽象的人間労働という属性においてそれは商品価値を形成するのである。すべての労働は、他面では、特殊な、目的を規定された形態での人間労働の支出であって、一個の具体的有用労働という属性においてそれは使用価値を形成するのである
(①    11頁)

上記の点を整理すると、商品というのは使用価値と価値という二要因からなっているということ。その商品の二重性は労働の二重性と対応しているということです。労働は使用価値を作るという側面と抽象的人間労働という無差別な人間労働を付け加えることにより価値を生み出すということです。
ところで価値の実態は何かということがわかれば商品が解明されたことにはなりません。商品はお金(貨幣)で買われてはじめてその価値を実現できます。商品は売買され、使われることによって(消費)、商品たりえるのです。ではお金(貨幣)とは何なのかということについてマルクスは言及していきます。貨幣がどのようにして生まれてきたのか、その生成の秘密を解き明かすというのです。
お金で商品を買う場合、例えば生糸10キログラムは1着の上着に値すると考えて人は、生糸10キログラムと引き換えに1着の上着を得ようとするとマルクスは述べています。ここでは生糸は自分の価値を上着で表しているということです。上着は生糸の価値を表す材料になっているだけだということ。第1の商品生糸は能動的な、第2の商品上着は受動的な役割を果たしているということです。ここでマルクスは第1の商品は相対的価値形態にあり、第2の商品は等価形態にあるのだと言っています。重要なことは生糸の価値は相対的にしか、いわゆる別の商品でしか表現されないということ。他方上着は自分の価値を表しているわけではなく、生糸の価値表現の材料になっているだけだということです。何やら面倒くさい話のようですが、この関係の中にお金(貨幣)のも秘密が隠されているというのです。ここでのポイントは「一商品の価値が他の商品の使用価値で表わされる」ということです。生糸の商品の価値が上着という商品の使用価値で表わされるということ。上着は生糸の価値形態になったという言い方をしています。価値形態という言葉は難しいのですが、生糸は自分の価値を上着の使用価値で表現するしかないということなのです。生糸の価値は上着の使用価値で表現され相対的価値の形態をもったということになります。相対的というのはストレートに価値を表現することができないからなのです。今一つのポイントはただ同じ人間労働が含まれているから交換できるということだけでなく、10キログラムの生糸が1着の上着に等しいという形で必ず一定量の価値関係が表現されているということです。この関係は生糸が1着の上着と交換できるという可能性を表現しているということです。この関係はまた20キログラムの生糸は2着の上着に値するという価値関係を表現しています。しかしここでは2着の上着は20キログラムの生糸の価値量を表現することができますが、上着自身の価値量を表現してはいないのです。ここで分かっていることは商品A=10キロの生糸の価値は商品B=1着の上着という使用価値で表現されるということ。AはBの体を使ってAの価値を表すことしかできなく、ここではBの価値は表現されていないということなのです。上記の10キロの生糸は1着の上着に値するという価値形態を第Ⅰ形態とします。
次にマルクスは第Ⅱ形態の考察に入ります。第Ⅰ形態は次のような第Ⅱ形態に移行できるはずだと。10キログラムの生糸は1着の上着に等しいという関係は、10キログラムの生糸=1着の上着=14キログラムの砂糖=10キロの茶=0・53キロの銀等等と無数の商品と等しいという関係を表現することもできるではないかというのです。しかしこの関係は第Ⅰ形態の表現と同様、あくまでも絹織物の価値を他の商品の使用価値で表現しているにすぎません。そこでマルクスは等式を逆にすれば次のようになると言って次のような第Ⅲ形態を引き出します。
1着の上着     =
14キログラムの砂糖=  10キロの生糸
10キロの茶    =
0・53キロの銀  =
他の商品X    =
この第Ⅲ形態をマルクスは一般的価値形態と言っています。この形態は1着の上着の価値を10キロの生糸の使用価値で表現するということです。また10キロの茶の価値を1キロの生糸の使用価値で表現するということ。他のいろいろな商品の価値をただ一つの商品絹織物で表現することが可能だというのです。ここでは生糸が等価形態にあり、他の全商品から排除された形をとっています。他の全商品は生糸との関係を通して他の全商品と関係することができます。

この排除が最終的に一つの独自な商品種類に限定された瞬間から、はじめて商品世界の統一的な相対的価値形態は客観的な固定性と一般的な社会的妥当性を持ち得たのである(①130頁)

この特殊な商品が金であり、お金(貨幣形態)として機能するということなのです。絹織物は一つの例にすぎません。歴史的には金が一般的価値形態として他の商品から排除され貨幣の役割を果たしてきたのです。第Ⅲ形態は第Ⅳ形態に移行します。
10キロの生糸   =
1着の上着     =
14キログラムの砂糖=  8グラムの金(22800円)
10キロの茶    =
0・53キロの銀  =

第1形態からはじまる価値形態は価格形態のことなのです。すなわち10キログラムの生糸は1着の上着に値するという価値形態は1着の上着は8グラムの金(22800円)によって購買することができるという価格関係だということです。さらに第Ⅰ形態に貨幣の秘密が隠されているということです。注目すべきは商品Aは相対的価値形態にあり自己の価値を表現する側に位置しているのです。最初の例では上着は生糸の価値を表現する材料にすぎなかったのです。第Ⅳ形態でも同様です。左辺の相対的価値形態にある商品は自らの価値を表現する能動的位置にあります。しかし、現実には等価形態にある貨幣が全面的交換可能性の専制的立場に位置することになるのです。現実には全ての商品は逆転した受身の立場に立っているということ。(お金)貨幣は相対的価値表現から完全に排除された受動の極にあるために、もっぱら等価形態にあり、自分自身の価値表現など問題にしなくなるのです。それゆえに一転して全面的な主導権、積極性を持つのです。要するに全ての商品は貨幣よって購買されない限り価値を実現できなくなる関係になるということ。歴史的には金が貨幣として最もふさわしいものとして固定しました。

これまでのところでは、われわれはただ貨幣のただ一つの機能を知っているだけである。すなわち商品価値の現象形態として、または諸商品の価値量が社会的に表現されるための材料として、役立つという機能である。価値の適当な現象形態、または抽象的なしたがって同等な人間労働の物質化であるというのは、ただ、どの一片をとってみても同じ均質な質を持っている物質だけである。他方、価値量の相違は純粋に量的なものだから、貨幣商品は、純粋に量的な区別が可能なもの、つまり任意に分割することができ、その諸部分から再び合成することができるものでなければならない。ところが金銀は生来その属性を持っているのである(①163頁)

貨幣商品は虫歯の充填や指輪・ネックレスなどの装飾品、携帯電話のある部品などにも用いられますが主要な使用価値は現実には使われない貨幣商品としての役割です。金は延べ棒にして金庫奥深くにしまい込まれています。金はかっては金貨や小判・大判として流通したこともありましたが、現在は紙幣が流通しています。
以上の展開で貨幣が生み出されてきた秘密が明らかになりました。ひとつはお金(貨幣)も商品であり、装飾品などの使用価値を持つということです。第2は商品は貨幣に購買されてはじめて価値を実現することができるのであり、貨幣に購買されてはじめて交換関係に入るということです。価値形態論では物々交換のような話から入るので貨幣ができる以前の物々交換から始まる歴史を表現していると誤解する人もいるのですが、マルクスは資本主義社会の商品の交換過程の話を論じているわけですから商品の物々交換を描いているわけではありません。あくまで貨幣によって購買されて交換関係に入る商品関係を展開しているのです。
貨幣はいわゆるお金のことです。金貨・銀貨・銅貨だとわかりやすいかも。500円・100円玉や50円は銀貨、10円玉は銅貨で今私たちは紙幣を使っているので金を直接お金として使ったことはないので実感がわきませんが、お金は資本主義の勃興期は金を裏付けとして紙幣が流通していたのです。こういうのを兌換紙幣と言います。紙幣に金いくら分と書いてあり、銀行へ持っていけば実際に金と交換できたのです。今は日本銀行券として国家の信用で流通させているのです。
ともあれお金には何か不思議な力があるかのように思う人もいるかも知れませんが、元をたどれば一つの商品にすぎなかったのです。その秘密をマルクスが解き明かしました。貨幣商品金はただの使用価値としての商品とは全面的に対立する商品の価値を一身に体現する一般商品であるということです。
商品、あるいは資本と言い換えても良いのですが、商品、あるいは資本は元をたどれば単なるモノでしかないのに、それを作り出した人間の意のままにならなくなります。商品所有者、社会の意志からも独立した動きをし、逆に人間や社会の意思を規定しさえするようになるのです。このような商品の社会的な自己運動性についてマルクスは「その類例を見出すためには、われわれは宗教世界の夢幻境に逃げ込まなければならない」と言ってこの商品の自己運動性を「呪物崇拝(物神化)」と名付けています。宗教の神はイエスでもアラーの神でも何でも良いのですが、人間が頭の中から作り出した観念の産物です。この神があたかも実在しているかのように、人間の行動がいつの間にか神に支配されるようになる。これと同じように人間が作りだした商品・資本自己運動して人間が制御できなくなり、逆に人間を支配するようになることを「呪物崇拝(物神化)」と呼んでいるということです。恐慌もそういうものだし、戦争もその意味では経済的な対立が根本原因だから、人間が作り出した資本の矛盾が戦争という形を取って爆発するということ。しかしこれは自然災害ではないわけです。人間が作り出し、人間が動かしているけれどもそれは資本主義社会ゆえのことだということです。資本主義社会はこの資本の自己運動によって成り立っている社会だからです。
資本主義社会は何でも労働生産物が商品として生産されることを基本としています。その又根底には労働力が商品になっている社会だということです。労働力が商品として売買され、その労働力を売る労働者が資本の下で商品を生産する社会だということ。したがって商品は現物の形態の他に価値形態という二重の形態を持つ労働生産物であるということです。現物形態というのは米なら米という現物形態。たいてご飯として食べる使用価値とも持っているということ。価値形態というのは10キログラム5000円という価格を持つということです。江戸時代の封建性社会では米は年貢として納められていました。年貢米は価値形態ではなく、年貢という社会形態です。これは領主と農民という封建体制の支配し支配される人間と人間の関係が年貢の中に詰まっているのです。商品の現物形態と価値形態の二重の関係には資本と賃労働という支配と被支配の人間関係が詰まっているのです。だから年貢米は価値形態ではないのです。価値形態の価値の実態は人間の労働です。しかも具体的有用労働ではなく、人間労働一般でとらえられ抽象的人間労働が価値の実態だということです。
人はそれぞれの職場・会社でいろいろな商品を生産しています。それらの生産・労働は資本主義社会においては計画的に自動車を年間に何百台、コメを数万トン、鉄を何百トンとか計画を立てて生産するわけではなく、それそれの資本家が私的な独立した諸労働として行い、それが社会的総労働を成すといいう関係です。私的諸労働は商品が売買され消費される交換関係の中ではじめて社会的に接触してそれらの諸関係の中で初めて自分たちの詩的労働が社会的な労働であることを実証するということです。このように人間の関係はモノとモノを関係を通してはじめてとり結ばれる特有の性格をもっています。この特有の関係が人間の意識にも反映してくるのです。人間は商品関係の中で価値の実態が労働であるということをあらかじめ知っていて生産物を価値として等値してきたわけではなく、商品関係において10キログラムの生糸は1着の上着に値するという形で相対的に価値を等値しながら私的な労働を社会的人間労働として関係させてきたということです。人間はそれを知っているわけではありませんが、それを行ってきたということです。しかしこの形態がわかったからといって現実が変わるわけではありません。商品形態の完成形態である貨幣形態、いわばお金によって社会的諸関係が物的に覆い隠されている社会が資本主義だということです。

Ⅳ 1日何時間労働するかの攻防

労働力、すなわち労働するわれわれの能力がその価値どおりに売買されるとすると、労働力の価値は他の商品の価値と同様にその生産に必要な労働時間によって決まります。例えば1台のフォークリフトを生産するために1000時間かかるとします。するとそのフォークリフトは例えば100万円で売られるということです。これが種々のことを一切捨象して生産力がアップしたために500時間で生産できるようになると50万円で売られるということです。生産力が上がり、生産に要する時間が半分になれば価値も半分になるということです。一般的に普通の商品の価値はその生産に必要な労働時間によって規定されるのです。
しかし人間の労働力の価値は、直接的にその生産に必要な労働時間によって規定されるということにはならないので、労働力はその生活手段を生産する労働時間によって間接的に規定されます。生活手段というのは、衣食住などの人間が生きていくのに必要な商品です。食品・衣料品、部屋代等々が全部生活手段です。米・麦・野菜・果物・酒代をはじめあらゆる食品類、下着・ズボン・上着・Gパン・防寒着などなどの衣類、大根・ねぎ・白菜…、イチゴ・リンゴ・バナナ…など、部屋代・マンション・住宅にかかる費用。これらが生活手段です。これらの生活手段の価値が下がれば労働力の価値も下がるということです。人間の労働力はこれらを消費して再生産されます。だから人間の労働力はこの生活手段が生産される労働時間によって規定されることになります。この場合、どこまでが生活手段に含まれるのかとか、人間の労働力の価値が価値どおりに支払われるのかという点は弾力的なので一概には言えません。最低生活費といっても人それぞれ使い方も違うし、種々の条件に規定される面があるので弾力的な幅があるということです。
そのあたりのところの細かい点は捨象して、労働力の価値が価値どおりに支払われることを前提に話を進めます。例えば人間が労働力を再生産して、また明日同じように働くことができるために一日に必要な労働時間が4時間だとします。すると1日8時間働くと、4時間は必要な労働、4時間は不払い労働=資本家のために働く労働時間ということになります。この場合前に出てきた規定を当てはめると、搾取率=剰余価値率は100%です。前にも言いましたが、半分を自分のために半分を支配者のためにという関係は封建制社会と同じくらいの搾取率で、資本主義社会の初期はそんなものだったと思います。この1日働く例えば8時間労働する、10時間労働する労働する単位を「労働日」といいます。この場合、1日何時間働くかは資本と労働者の力関係で決まるので何時間になるかは必ずしも決まっていません。工場法という労働者保護法ができるまでは1日16時間とか14時間とか働かされていたことがあるのです。最初の工場法は1日10時間に制限したわけですから10時間以上は働かされていたのです。この1労働日の限界は最大限24時間です。1日は24時間しかないので24時間が限界です。しかし『資本論』を読むと、26時間とか30時間働いた例が出てきます。これは2労働日にまたがる例です。あとは、人間の体力の限界によって規定されます。ここで何を言いたいかといえば、必要労働時間がここでは4時間だとすると、24時間働かせたら、資本は20時間の剰余労働を得ることになるということです。労働時間の延長をめぐる攻防は資本と労働者の歴史的攻防であり、長い間闘われてきましたし、資本主義を転覆するまでは続く闘いです。

「資本はすでに死んだ労働であって、この労働は吸血鬼のようにただ生きている労働の吸収によってのみ活気づき、それを吸収すればするほどますます活気づくのである。労働者が労働する時間は、資本家が自分の買った労働力を消費する時間である。もし労働者が自分の処理しうる時間を自分自身のために消費するならば、彼は資本家のものを盗むわけである」(『資本論』②分冊12頁 大月書店)
資本は一握りの資本が今をどう生き延びるかということしか考えていません。資本というのはそういうものです。工場法以前とはどのようなものだったのでしょうか。『資本論』をひも解けば明らかです。
「これらの工場主の一部は、12歳から15歳までの5人の少年を金曜の午前6時から翌土曜の午後4時まで、食事と深夜1時間の睡眠のため以外にはどんな休息も与えないでこき使った、というかどで告訴されていた。そして、この子供たちは、休みなしの30時間労働を、ぼろ穴と呼ばれる穴でしなければならなかった」(『資本論』第1巻②分冊 大月書店28頁)
「ロンドンの大陪審の前に3人の鉄道労働者が、すなわち一人の乗客車掌と一人の機関助手と一人の信号手とが立っている。ある大きな鉄道事故が数百の乗客をあの世に輸送したのである。鉄道労働者の怠慢が事故の原因なのである。彼らは陪審員の前で口をそろえて次のように言っている。10年から12年前までは自分たちの労働は1日たった8時間だった。それが最近の5,6年の間に14時間、18時間、20時間とねじあげられ、そして遊覧列車季節のように旅行好きが特にひどく押し寄せるときは、休みなしに40-50時間続くことも多い。自分たちも普通の人間であって巨人ではない。ある一定の点で自分たちの労働力はきかなくなる。自分たちは麻痺に襲われる。自分たちの頭は考えることをやめ、目は見ることをやめる」(同46~47頁)

前者の引用は工場法が制定された後の事例です。マルクスは第8章の「労働日」でイギリス資本主義の初期の形成過程から1860年代までの歴史的なプロセスをたどりながら資本主義の実態を暴露しています。産業の発展した地域では労働者の寿命の低下、早死、身長・体格の低下がはっきりと見られます。

「イギリスの鍛冶工は毎年1000人につき31人の割合で死んでいる」(同53頁)「彼がある限られた期間に4分の1たくさんの仕事をして、50歳ではなく37歳で死ぬということである」(同)。

つまり国家による法的強制によって制限しなければ、資本の略奪欲は「国民の生命力の根源を侵す」ほどに、無制限なものであることを表現しているのが工場法なのです。この工場法をなくせ、工場法以前に戻せというのが新自由主義です。新自由主義というのは無制限・無制約で資本が労働者から搾取をすることを自由に行わせろということです。これが資本主義の本質であり、新自由主義なのです。この新自由主義に節度や理性を求めて資本に哀願を求めるあり方が間違いなのです。『資本論』に描かれている事実は決して過去のものではありません。過労死、年間の自殺者が10年連続で3万人を超え、精神的・肉体的に病気になり職場に行けなくなっている労働者も沢山います。大量の派遣切り、ワーキングプア状態は『資本論』に描かれた工場法以前の状態よりもすさまじいといえます。少なくとも当時は剰余価値率=搾取率は100%か110~120%です。現在は700%とも800%ともいわれています。こんな資本主義は1日も早く打倒しなければならないのです。

Ⅴ 資本主義社会は労働力が商品として売買される特殊な社会

奴隷は人間そのものが商品です。牛や馬と同じように売買されます。アメリカの黒人奴隷はアフリカから連れ去られ、アメリカの奴隷市場で売買されました。ギリシャやローマの奴隷制社会においては戦争によって囚われた人々が奴隷として死ぬまでこき使われました。奴隷は人格的な自由を奪われ、逃げれば殺されました。国家暴力、奴隷主の暴力によって強制的に労働させられていたのです。こういうのを「経済外的強制」といいます。
奴隷制の解体の後生まれたのが、封建性社会です。農民・農奴は領主に作物の半分を年貢として差し出したり、あるいは1週間の半分を領主の土地で働き、半分を自分の土地で働く関係にありました。農民・農奴は奴隷のように土地と一緒に商品として売買されることもあり(ロシア)、土地に縛りつけられ移動の自由も、結婚の自由もなく領主の許可を受けなければなりませんでした。領主から収奪される関係がはっきりしていたのです。この収奪も領主の暴力支配によって貫徹されていました。許可なく土地を離れれば殺されても仕方のない関係でした。これも「経済外的強制」による支配です。
資本主義社会における労働者は奴隷のように人格全てを売買されるわけではありませんが、労働力を売る以外にない存在です。人格的には自由ということになっていますが、生産手段を奪われて、労働力以外に何も持たない存在です。したがって労働力を資本家に商品として売って賃金を得て、その賃金で米や野菜などの食べ物や衣類などの生活して生きていくための商品を買ってまた労働力を再生産して売るということを一生繰り返していく社会が資本主義社会です。不思議なのは労働者は暴力的に強制されるわけではないのに、毎朝時間通りに会社に行って仕事をするのです。人格的には自由であり、移動も自由だし、結婚も自分の意志でできる建前になっています。会社を選択するのも、会社で働くのも自分の自由な意志であるかのように働きます。一日7時間とか8時間働いたあと、1ヶ月分の賃金(給与)を得ます。労働者が会社に雇われ、働いた時間分の賃金を得るかのように見える関係になっています。この関係を「経済的強制」といいます。商品の自由な売買関係の下で搾取が行われるのです。

Ⅵ 資本家はいかにして儲けるのか  剰余価値を得る方法

労働力というのは人間が労働する能力のことです。私たちが職場で何らかのモノを生産する時に使う、自分自身そのもの、精神的・肉体的な能力の全てです。奴隷は肉体の全部を奴隷主に売り払い労働しますが、労働者は自分自身全部を売り払うのではなく、毎日自分自身を切り売りしているということです。この労働力が商品になっている社会が資本主義社会です。労働力が商品になっているということは当たり前の自然なことではなく、資本主社会という特殊歴史的な社会においてはじめて生じたことなのです。そうして労働力が商品になっていることにより全ての生産物が基本的に商品となっている社会が資本主義社会であるということです。
では労働力が商品であるならば労働力商品の価値はいかにして規定されるのでしょうか。他の商品はその商品が生産される労働時間によって規定されます。しかし労働力は労働生産物ではなく、人間そのものと切り離すことはできない特殊な商品です。労働力という商品は商品ならざる商品だということです。

「労働力は、ただ生きている個人の資質として存在するだけである。したがって、労働力の生産はこの個人の存在を前提する。この個人の存在が与えられていれば、労働力の生産は彼自身の再生産または維持である」(『資本論』①分冊299頁)

労働力の生産・再生産が労働者個人の生存の維持・再生産である以上、それは労働者が生活手段を消費することによってなされます。したがって労働力の価値は労働力の所持者である労働者の労働力の維持のため必要な生活手段の価値によって間接的に規定されるのです。

「労働力の価値は、一定の総額の生活手段の価値に帰着する。したがってまた、労働力の価値は、この生活手段の価値、すなわちこの生活手段の生産に必要な労働時間の大きさにつれて変動するのである」(同①302頁)

労働力商品は売れなければ人間は生きていくことができない関係にあります。それから労働力商品はその使用価値の引き渡しが売買契約=形式的譲渡と時間的に区別されています。労働力の価値に対する資本家の支払いは後払いです。このことが労働力商品の売買の関係をわかりにくくする一つの要因ともなっています。

紙工場でティシュペーパーやポッキー等の箱になる板紙を生産する場合を例にします。ここでは生産物は「板紙」です。資本家はパルプ・ケント紙・雑誌などの紙の原料を市場で購入します。この1日の原料200トンに1000万円かかるとします。フォークリフト・ショベルローダーのリース代、燃料、工場の機械の1日の原価償却費、電気代、水道代等々に200万円を支出します。300人の労働者が働いていたとして、労働者の1日の賃金は全部で300万かかるとします。一人当たり1万円ですが、この1万円の生活手段を生産するのに平均6時間かかると仮定します。6時間の労働時間で生活手段が生産できるということ。1日の賃金は1万円ということであり、その賃金分は6時間の労働時間で生み出すことができるという仮定です。そこで生産された板紙200トンは1500万円の価値を持つ商品として売りに出されます。するとこの場合は剰余価値、即ち資本家の儲けは1円もないことになります。労働者が6時間働いて1万円の価値の生活手段を生産し、1万円の価値の生活手段を消費して労働力を再生産する。また次の日働くことができるようにご飯を食べて、ビールを飲んで、風呂に入り、布団に入り寝る。これら全部の労働者が1日生きていく上でかかる全部の費用、価値を平均すると1万円だということ。しかし労働者が6時間働いただけでは剰余価値は生み出されません。労働者が自分自身の価値を再生産するのに6時間。6時間で1500万円の価値の板紙を生産するということ。しかし紙の原料に1000万円、機械や工場の維持費に200万円かかり、人件費に300万円かかりました。そうして生産された商品を1500万円で売ったのだから元からあった価値と労働力を再生産しただけで新しい価値を生み出したわけではありません。原料と機械や工場の維持費を不変資本と言い、労働力にかかる賃金分を可変資本と言います。ところが労働者は1日6時間ではなく、12時間働くこともできるのです。労働者は6時間ではなく、12時間労働します。労働者はあと6時間働いてまた200トンの原料で200トンの板紙を生産します。そうして200万円の機械や工場の設備を消費して1500万円の価値の板紙を生産します。12時間労働で合計400トンの板紙を生産し、3000万円で売ります。300人の労働者には1日分の賃金300万。資本家は労働者一人当たり1万円の賃金を払い、価値どおりに商品を売って300万円の儲け、剰余価値を取得するのです。

「資本家は貨幣を新たな生産物の素材形成者または労働過程の諸要因として役立つ諸商品に転化させることによって、すなわち諸商品の死んでいる対象性に生きている労働力を合体することによって、価値を、すなわちすでに死んでいる過去の労働を、資本に、すなわち自分自身を増殖する価値に転化させるのであり、胸に恋でも抱いているかのように『働き』はじめる活気づけられた怪物に転化させるのである」(同①340頁)

これが資本主義社会の「手品」です。この手品の秘密は労働力という商品の特殊性です。労働力にかかる費用は1万円。これを労働力の日価値と言います。労働力の再生産のために要する労働時間が6時間と仮定しました。労働者の1日の労働時間はここでは12時間なので半労働日で労働者の生活手段は生産されるということ。しかし労働者は12時間働くことができます。したがって残りの半労働日で剰余価値を生産するのです。

「労働力に含まれている過去の労働と労働力がすることができる、生きている労働とは、つまり労働力の毎日の維持費と労働力の毎日の支出とは、二つのまったく違う量である。前者は労働力の交換価値を規定し、後者は労働力の使用価値をなしている。労働者を24時間生かしておくために半労働日が必要だということは、けっして彼がまる1日労働するということを妨げはしない。だから、労働力の価値と、労働過程での労働力の価値増殖とは、二つの違う量なのである」(同①337頁)

先に話したことですが、今は生産力がアップしているので労働力の再生産にかかる労働時間は6時間ではなく、1時間か2時間です。8時間労働だとすると残りの6時間~7時間はただ働きだということ。もし生産力がアップして1時間で200トンの原料で200トンの板紙を生産し、1400万の価値を生み出すとすれば、8時間で11200トンの価値の生産物が生まれます。この場合は100人の労働者が合理化で首を切られて200人の労働者で生産したことにしました。原料に1000万、機械の消耗・維持費に200万、労働力に200万で1400万です。機械化で生産力がアップして6時間かかったものが1時間で生産できるようになったことの仮定です。すると8時間では1600トン、11200万の価値生産物が生まれ、剰余価値は1400万円です。このうちの1200万×8=9600万円は原料と機械の消費など固定資本の消耗分なので元からあった価値です。これはそのまま新しい生産物に移転された価値です。したがって11200-9600=1600万が新たに生み出された価値でそのうち200万が労働力の再生産分です。人件費になります。したがって残る1400万が剰余価値、資本家の儲けということになります。搾取率700パーセントです。

賃金闘争論①」

総評の賃金闘争
(以下の資料と視点は東京労組交流センターの労働学校で村越一郎さんから頂いたものです。村越さんの労働学校でのレジュメを参考にしてまとめました)

連合ができる前に総評(全日本労働組合総評議会)という労働組合の全国組織がありました。こういうのをナショナルセンターと言いますが。その総評の初期の理論家だった永野順造という人の「運動のための賃金講和―大幅賃上げの基礎理論―」(労働旬報社)というパンプがあります。この講話はべらんめい調の話言葉で書かれていて、しかも内容的にもレベルが高い非常に面白いものです。彼は次のように言っています。
「賃金というものは、どこから出てくるのか。それみなさんが職場で労働して生産した生産物の中から出てくる。皆さんが職場で労働して生産した生産物を資本家は売り払って、その中から労働者に賃金を払う。あとの残りはぜんぶ資本家がふところにねじこんでしまう。でどころはひとつだ。だから、労働者が賃金をたくさんとろうとすれば、資本家の利益は少なくなる。資本家が利益をたくさんとれば、労働者の賃金は少なくなってしまう。これは、どうすることもできない現実である。
ところが日本の労働組合の中には、上から下まで妙な考え方が貫かれている。資本家にはたんまり儲けてもらって、労働者もたんまり賃金をもらおうという考え方だ。こういうことができるのか、できないのか。資本家の利益のでどころは一つだ。
そもそも賃金値上げはどういうことかというと、労働者の取り分を少し多くさせてください、ということである。裏をかえせば、資本家の取り分を少し少なくしてくださいということだ。だからこそ資本家は賃金闘争には頑強に反対してくる。自分の利益が少なくなるからだ。資本家の利益はそのままにしておいて、あるいはもっと儲けさせておいて、そのうえで、賃金闘争をやろうとしても、それはできない相談だ。」(同パンフ3頁)
「労働者にとって賃金とは何か。労働者にとって賃金とは月末勘定で袋の中に入れて渡させるあの賃金袋の中の賃金以外に、どこに賃金というものがあるのか。もしも、その賃金理論家が唯物論者ならば、何よりもまず物質的な賃金、一杯飲める賃金、そこから出発しなければならない。飯の食える賃金から出発しなければならない。賃金というものは……というような、賃金についての観念から出発してはならないのだ。具体的な現実の物質であるあの賃金袋の中の賃金には表面にちゃあんと内容証明が書いてある。何と書いてあるのか。8時間の労働の値段がいくらだと書いてある。残業をしたら残業しただけの労働の値段がいくらと書いてある。また、18歳の女の子の労働の値段がいくらで、40歳のおっさんの労働の値段がいくら、どれだけの能率を上げ、労働の値段がいくらで、職制が採点した労働の値段がいくらだというようにピンからきりまで労働の値段=労働の価格と書かれている。これより外に労働者にとって賃金というものはない。あの賃金袋の中の賃金を縦から見ても横から見ても、あの賃金袋をひき破ってみても労働力の価値は出てこない。賃金理論家はみえるというのだけれども、君たちは見つけ出せるか…。見つけ出した人があったら手をあげてください。しかし、こんどだけは手をあげない方がいい。手を挙げた人は大うそつきだ。見えないものを見えるというのは、大ウソに決まっている。だいたい賃金袋の中の賃金が労働力の価値に見えるようだったら、賃金理論はいらない。賃金袋の中の賃金が労働力の価値に見えないからこそ、だからこそ、賃金論が必要なのだ。ほかならぬマルクスが言ったではないか。『現象形態と本質が同一ならば、科学はよけいなものである』と。この場合、労働力の価値とは本質である。賃金袋の中の賃金とは現象形態である」(同8頁)
上記の引用文の中で第一に注目してほしいのは、「資本家にはたんまり儲けてもらって、労働者もたんまり賃金をもらおうという考え方だ」の部分です。こういう考えは資本家の考え方でもありますが、かなり普通にはびこっているものの考え方です。「会社の業績が上がれば賃金が上がるからがんばって働こう」という考えや、「会社の業績が悪化したから賃金が引き下げられても仕方がない。会社が倒産したら元も子もないじゃないか」という主張です。資本の側は会社が儲かれば賃金を上げてやる、だからどんどん働けというわけです。こういうのを「パイの論理」と言います。パイはアップルパイでもレモンパイでもいいのですが食べるお菓子のことです。このアップルパイがでっかくなれば労働者の分け前も大きくなる。だからパイを大きくしよう、という話です。どんぶりにトン汁を食べる例では、どんぶりが大きくなれば労働者の賃金も増えるからどんぶりを大きくしようと。しかし、パイでもどんぶりのトン汁でも容れ物や、パイ全体が大きくなったとしても、労働者のスプーンの大きさは変わらないのです。パイも小さなパイの時と同じに切り分けられるにすぎません。生産性と賃金の大きさは関係ないからです。永野が言うように、でどころは一つ。労働者の賃金が増大すれば資本家の利潤は少し減り、資本家の取り分が大きくなれば、賃金は下がるのです。
前掲永野のパンフには次のような一節があります。「徳川三百年間の農民の生活水準はどうだったかというと、前にもふれたように、百姓と菜種の油は絞れば絞るほどとれる。百姓は生かさず殺さずの状態に置かれていた。それがそのまま横滑りして賃金になったのだから、最初の我が国の賃金というのは、労働者と菜種の油は絞ればしぼるほどでる、労働者には生かさず殺さずの賃金をやっとけ、という具合にして発生したのである。
このような菜種油のような賃金・いかさず殺さずの賃金が、明治維新後の百年間に5倍になったのか、10倍になったのか、20倍になったか、というのがこの場合の問題である」(同29頁)「明治16年以来の生産性の向上はどれくらいになっていると思う。50倍や百倍ではききませんよ。おそらく五百倍、千倍に達しているだろう。ところで、賃金のほうはどうか。ビタ一文でも上がったのか。生産性が向上したら賃金が上がるなんて真っ赤な嘘じゃないか。能率が増進したら賃金を上げてやるというのは真っ赤な嘘じゃないか」(同30頁)
先に資本主義が始まったころの搾取率は100%。半分を殿様に年貢で納めていたのと同じくらいだったのが、今では700%位になっているという話をしました。永野が言っている話もそういうことです。生産性がどんなに上昇しても、どんなにどんぶりが大きくなっても、労働者のスプーンの大きさは変わらないということ。明治以来労働者の賃金はビタ1文上がっていないのです。依然として生かさず、殺さずの賃金でしかありません。
永野が言う「賃金はビタ1文上がっていない」という話が本当なのか否か。

明治労働通信の話

1897年(明治30年)に日本で最初の近代的労働組合、労働組合期成会鉄工組合が結成されます。その中心的役割を担い、生協運動の生みの親といわれる高野房太郎という人が残した『明治労働通信 労働組合の誕生』(大島清・二村一夫編訳 岩波文庫)という本があります。それを参考にしてその時期と今の労働者の賃金を比較してみたいと思います。高野房太郎は35歳の若さで病死しています。編訳とあるのは米国の新聞に英文で投稿したものが翻訳されているからです。「日本の典型的労働者」(前掲114~128頁)という1897年に米国の雑誌に掲載された文章に32歳の塗装工からの聞き取り調査が記載されたものがあります。連れ合いは25歳。3歳と6歳の子供が二人いて6畳と1畳半の二部屋に台所がついた部屋に住んでいます。家賃は1円50銭。この家族の1年間の生活費は次のようになっています。
夫の被服費        18円45銭
妻の被服費        12円
子供の被服費        7円
夫の食費         30円
妻の食費         30円
子供の食費        10円
家賃           18円
靴(げた・草履など)    5円75銭
燃料(薪、炭)       8円
酒            15円
皿などの買い替え      2円
油             1円50銭
雑費(子供の飴、銭湯など)12円
家計支出合計      169円70銭
夫の収入        160円
赤字            9円70銭

これには交際費や病気、娯楽の費用は含まれていません。そこで連れ合いは煙草まきの内職をしていて一日平均5銭を稼ぐそうです。それでも足りない時は着物を質に入れてしのぐとか。当時の職人の日給は大工・左官が50銭~60銭。活版工は20銭~50銭。石工は70銭~75銭。当時東京は人口が180万。大小合わせて3千以上の工場があり、紡績、製紙、印刷、煙草などの大工場がありました。工場労働者を代表するものとして紡績工場を取り上げている。東京の紡績工場は鐘淵、東京、小名木川と3工場あり、それぞれ男568人・女1763人、男357人・女1214人、男56・女240人働いており、男の日給は27・18銭。22・90銭。25・50銭。女の日給は18・93銭。12・50銭、15・30銭となっています。1日22時間稼働して昼夜2交代なので11時間労働。操業日数はそれぞれ26・5、26、25日となっています。紡績工場はほとんど独身の11歳から40歳。17歳から25歳が多数を占める労働者で寄宿舎に住んで、その寄宿舎料は1日6銭。したがって寄宿舎代を払った残りの賃金は多い人で月3円。
以上の数字を見ると成人男子で結婚して家族を有している労働者は50銭~70銭の日給で、月25日働くとして125円~175円の年入を得ていたことになります。紡績工場の青年労働者はその半分の賃金で寄宿舎生活をしていたことが分かります。
上記の塗装工の年間家計支出の169円70銭を衣食住で百分比にしてみると、衣=25・4%、食=50・9%、住=15・3%、他=8・2%となります。現在と比べると衣食にかかる費用が圧倒的に多いと思います。例えばこの年の米価は1俵(60㌔グラム)4円16銭です。現在は2003年から13000円台に入っていますが、14000円として比較してみます。上記塗装工の年収を170円とすると、4円16銭は41倍すると170円になります。米1俵(60キロ)の価格14000円を41倍してみると574000円となり、現在の労働者の年収の10分の1位になります。米価は10分の1位に下がっているといえます。生産力のアップは生活必需品の価値を引き下げ、同時に労働力の価値を引き下げ、賃金も引き下げてきたのです。被服や靴にも現在はこんなにかからないと思います。被服なども生産力のアップで価値が引き下げられています。いずれにせよ、生かさず殺さずのギリギリの生活であることに間違いはありません。では現在のわれわれの賃金はどうなのか。永野が言うように生産力がアップして、生産性も500倍も、千倍も増大していながら、毎月赤字が出るくらいの、貯金もできないぎりぎりの生活をしています。生かさず殺さずの賃金であることに変わりありません。年間の自殺者が10年以上も3万人を超えている現実は、「生かさず殺さず」ではなく、「生かさず殺す」ことを資本がやっているのです。永野がこの講話したのは1961~2年の頃なのでもう半世紀も前のことです。それからもっと生産力はアップしています。でも労働者の賃金は「生かさず殺さず」の、生きていくことができない低賃金です。今回はやりませんが、いろいろな人から聞き取りをして現在の労働者の家計簿を先の塗装工と同様に書き出してみれば明治時代の労働者の賃金と変わりないことが分かります。

電産型賃金と全自型賃金

賃金は月給制、日給(日給月給)、時間給、それに年俸制とかいろいろあります。日本では労働者の賃金が「月給制」になったのは戦後になってからで、戦争までは「職員」は月給、工員は「日給」とはっきり分かれていました。アメリカやヨーロッパでは労働者(ブルーカラー)が月給というケースは少なく、週給、日給、時間給の方が一般的です。日本においては戦後革命期に労働者が職工一体で「企業別組合」を組織し、「民主化(=差別撤廃闘争)」を爆発的に闘ったことが月給制を一般化させたわけで、この時期の闘いは多いきな意味を持っています。一時金については職員は給与の3か月分とか、半年分とか得ていましたが、工員は半月分の金一封的なものにとどまり、対象も基幹工だけが支給対象でしたが、戦後の生活危機突破の闘いがそういうものを変えていったのです。
戦後の賃金闘争の歴史で「電産型賃金」というのがその後の賃金体系の基本となりました。敗戦直後の1946年秋、日本電気産業労働組合(電産協)は産別会議10月闘争で、「労働者の生活を保障する賃金」を体系を政府と資本に承認させ、この賃金体系はその後10年全産業の賃金体系の基本として取り入れられました。
電産型賃金体系は、賃金の内の基本賃金を92%とし、地域賃金を8%。基本賃金の内の67%を生活保障給、20%を能力給、5%を勤続給とし、生活保障給の内の47%を本人給、20%を家族給とする賃金体系でした。賃金は本人の年齢と家族の人数に応じた家族給と合わせた「生活保障給」が大部分を占めた賃金体系で、これは画期的な賃金体系でした。
その後の1952年の日産争議の際に全国自動車(全自)が打ち出した賃金体系が「全自型賃金」といわれるものです。この賃金体系には3原則がありその「第1原則」は最低保障の原則です。「自動車産業に従事する労働者は、たとえ技能が低くても、どんな企業でどんな仕事をしていても、職場で働いている限り人間らしい生活をして家族を養い、労働を続けうるだけの賃金を実動7時間の中で保証する」という原則です。第2原則は「同一労働同一原則」です。「賃金は労働の質と量に応じて正しく支払われることとする」「(イ)「年齢や家族が少ないからという理由で、賃金を低く押さえさせることはできない」(ロ)「この原則は、男女の区別によるあるいは国籍その他の理由による差別を排斥する。例えば男子100に対して、女子80の労働である場合、女子なるがゆえに60とすることは不可である。労働の質と量の差は、一般的には労働の強度(重労働、軽労働、環境)、仕事の難易(高級、低級、複雑、単純)、労働に対する技能、熟練度の高低で決められる。この際働く労働者個人の問題でなく、遂行されている労働が客観的に評価される。」
第3原則は「統一の原則」「以上の二原則は賃金1本の中に貫かれるべきものである。また自動車産業共通の原則として、企業の枠を超えて貫かれるべきものである」
全自型賃金の70~80%は「最低保障の原則」であり、それに第2、第3原則が付け加えられているということです。一言でいえば「食える賃金をよこせ」を掲げて、賃金の3倍化、4倍化を勝ち取っていったのです。電産型・全自型の両方とも優れた賃金闘争の論理であると思います。全自型賃金の第2原則は、後に述べる「同一価値労働同一賃金論」と重なる部分があるので、問題がないわけではありませんが、問題のない賃金体系というのがあるわけではありません。今のほとんどの企業の賃金体系や全労連・連合の賃金論あるいは「同一価値労働同一賃金」を主張する人たちと比較するとすぐれているということです。

「賃金闘争論②」

1、    賃金は後払いだから労働の報酬であるかのようにみえる

私の職場の場合は毎月16日~15日までの1ヶ月で閉めて、25日に賃金が支払われます。日曜出勤の人も祭日も関係なく出勤しますが、交替で休みます。土曜日は隔週休日扱いで、祭日は代休をとりますので、平均すると一カ月7日とか10日という休日があります。残業時間は自己申告で日報に書いて提出して、正確に支払われます。過少申告する人はいないので、残業代はきちんと支払われていると思います。タイムカードはありませんので、自分で書く日報が労働日と残業時間の唯一の記録となります。月給制の会社では、多かれ少なかれ多くの会社では1ヶ月でしめて、数日後にそれに基づいて賃金が支払われます。1日から31日でしめて、15日に賃金が支払われる会社もあるでしょう。賃金は必ず、後払いで月極めで支払われます。したがって、労働者は16日~15日まで働いた分の労働の対価として賃金を受け取るかのように思うのです。残業を10時間やればその分の残業代が給了明細に書いてあるわけですからなおさらそういう風にとらえることになります。前回総評の永野順造が述べていたように、労働者にとって賃金はそういうふうにしか見えないということです。だから賃金というのは非常に曲者なのです。
マルクスは「この形態、すなわち労働賃金というこの形態を作り出すことができなかったら、資本家は労働者を支配し、搾取することができなかっただろう。」「賃金というこの形態が(資本家たちが労働者を支配し、混乱なく搾取を維持していくために)果たしている役割」は「社会の検事、政治家、兵士たちの一切合財を一緒にしたよりも、もっと大きいといえるだろう」(「資本論入門」ヨハン・モスト 岩波書店65頁)と言っています。
「賃金とは労働の対価」、即ちこれこれの仕事をどのくらいしたかその報酬として賃金を受け取るかのように思い込まされているということです。
「商品市場で直接に貨幣所有者に向かいあうのは、じっさい、労働ではなくて労働者である。労働者が売るものは、彼の労働力である。彼の労働が現実に始まれば、それはすでに彼のものではなくなっており、したがってもはや彼によって売られることはできない。労働は、価値の実体であり、内在的尺度ではあるが、それ自身は価値をもってはいないのである。」(『資本論』③分冊56頁)ということです。労働とは人間が目的をもって自然に働きかけ、自然を変化させることです。労働力を働かせて、労働力を実証するということです。例えば、人間が知恵や体力を使い自然にある木を切り倒し、チップにして紙を作ること。人間はその紙を消費して生活に使います。労働力とは人間の労働する能力ですから、労働者そのもののことです。
労働者が資本家に売るのは「労働」ではなく、労働力なのですが、賃金はあたかも「労働」の対価や報酬であるという見せかけによって、現実に行われている資本による労働者の搾取が見えなくなっているのです。労働者はそのために賃金について不満を持っても、賃金がもっとほしければもっと働くほかないと、残業をやったり、ダブルジョブといわれるような仕事を二つやって食いつないでいくことになるのです。労働者が資本家に売っているのは「労働力」であるということ。労働者は賃金と引き換えに自分の労働力の一時的な処分権を資本家に譲渡しているのです。労働は労働力の一時的な処分権が譲渡された後にその労働力の消費=使用としてなされる活動です。何かを売るとすれば労働の生産物を売るのであって、労働そのものを売ることはできないのです。このことが良く分かると、資本家による搾取の現実がはっきり見えてきます。このことはこれまでも繰り返し学んできたことですが、これからも何回もいろんな角度からこの問題に立ち返り深めていきたいと思います。

2、    賃金とは何か?

人間の労働力とは生きている人間そのもの、労働者そのものです。労働者が労働する人間の能力のことです。この能力は生まれながらにあらかじめ備わっているわけではありませんが、人間が今の社会で生まれ、成長し、生命を維持してきたことそのものが労働力の生産・再生産でもあるのです。人間が成長して生命を維持するためには、一定量の生活必需品を消費しなければなりません。そしてその生活必需品を生産するためには一定の労働がなされなければなりません。労働者が生活していくのに必要とされる生活必需品の価値、その生産に必要な労働量によって労働力の価値は決定されるのです。
それから人間には寿命があります。その意味で労働力は消耗品です。ですから労働者がいなくなれば社会は成り立ちません。したがって労働者は次の世代の労働者を産み育てるのです。このためにも一定の費用がかかります。結婚して子供を作り、育てる。家族ができる。労働者が自分自身を労働者として再生産するだけでなく、何人かの子供を育てるために必要なかぎりでの生活必需品の価値が労働力の価値に入るのです。それから、労働者が労働力を発展させ、一定の熟練を獲得するための費用が労働力の価値を規定する要因ともなります。例えば旋盤工、溶接工、鉱山業、重機のオペレーターなど職種の違いに対応した労働力の質の違いに対応する労働力の質の違いです。つまり労働の特殊な質・具体性に対応した熟練を持つ労働力の養成が必要になるので、それにともなってある程度の養成費が必要となり、それは労働力の養成が必要となり、それは労働力の価値を規定する要因となるのです。したがって労働力の価値は労働力の種類によって違ってくるのです。この養成費というのは厳密にかかった価値額が賃金に加算されるわけではありませんが、ある程度の価値規定の要因になるということなのです。労働力をその価値によって売り買いするということそのものが、労働力の種類によってその個別的価値がある範囲内で違ってくるということを含むということです。
『資本論』第1巻が発行される2年前の1865年にマルクスの論争的な講演録に『賃金・価格・利潤』という本がありますが、この一節に次のようなことが書いてあります。
「だが、この機会を利用して是非とも言っておかなければならないことがある。質の違う労働力を生産する費用は違うのだから、労働力の価値は、その労働力の使用される業種が違えば違ってくる。
したがって、賃金の平等という要求は間違った考えをもとにしているものであり、満たされるはずのない要求である。それは前提を認めながら結論を避けようとするあの偽の浅薄な急進主義の産物でしかない。
賃金制度を基礎とする限り、労働力の価値も他のあらゆる商品の価値と同じようにして決められるのであって、種類の違う労働力はその価値が違うから、つまりそれらを生産するのに必要な労働量が違うから、労働市場で別々の価格をつけられるほかはない。
賃金制度を基礎としながら、平等な報酬だけでなく公正な報酬さえ要求したりするのは、奴隷制を基礎としながら自由を要求するのと同じでる。与えられた生産制度の下では何が必然で不可避かが問題なのである」(岩波文庫版73頁)
賃金の不平等は賃金の本質と不可分であり、そこから必然的に出てくるものなのです。そのことをはっきりさせないで賃金の平等や公正さを求めるのは奴隷制を擁護しながら人間の自由を要求するような「偽の浅薄な急進主義」といっているのです。
賃金制度=労働力の商品化は資本と労働者の階級的関係または階級闘争の問題としてとらえなければならないのです。したがって資本主義・賃金制度をそのままにして「公正な賃金」を要求するのは欺瞞なのです。
ともあれ、労働力の価値は労働者が労働力を再生産していくために必要な生活必需品の価値によって間接的に規定されるということです。これも先に学んできたことです。先に引用した永野順造の「運動のための賃金講和」はこの部分を以下のように解説しています。非常におもしろいので引用します。
「みなさんたちが職場にいって、8時間あるいは10時間労働するということは、労働力を消費するということだ。8時間か10時間も労働すると、もう労働するのがいやになる。おしゃかがでるようになる、事故が起こりやすくなる。ということは、8時間の労働力が一応使いはたされたという状態だ。我が国の労働者は頑張りやだから、24時間の徹夜残業もできれば、36時間連勤もできる。しかしそういうふうに人間の労働力を働かせるのは、ちょうど、電動機をオーバーロードするようなものだし、蓄電池を過放電するようなものである。すぐぶっこわれてしまう。電動機を取り扱うには電動機の取り扱いがあるように、蓄電池を取り扱うには蓄電池の取り扱いがあるように、人間の労働力を働かせるにも働かせ方があるのである。労働力を1日分使い果たしたら再充電していかなければならない。そこで1日分の労働力を消費したら、その労働力の所有者たる労働者は、自分の家へ帰る。そして、夕ごはんを食べる。風呂へ入る。新聞を読む。ラジオを聞く。テレビを見る。一家団らんをやる。映画、演劇をみる。そして柔らかい布団にくるまって8時間前後ぐっすり眠ると、あけの朝目覚めた時には、ピンピンして、8時間労働へっちゃらという状態になっている。つまり1日分の労働力が生産されているという状態だ。そこでこの生産された労働力をもって、朝飯を大急ぎでかっこんで、職場にすべり込んでいく。そしてまた職場でこの労働力を8時間、あるいは10時間働かせる。そうするとまた仕事をするのがいやになる。そうするとおしゃかがでるようになる。そこでその労働力をもって家庭に帰り家庭生活をする。そうすると次の朝また労働力が生産されている。だから、労働者は家庭で労働力を生産して職場で労働力を消費する。こういうふうに、労働力の生産と消費がぐるぐるまわっているのが、労働者の生活というものだ。労働者は労働力を直接に生産することはできない。だが、家庭生活を通して労働力を生産することはできる。
ところでこの家庭生活というのは手ぶらではできない。衣・食・住その他一切の有形無形の生活必需品を生産するに要する労働時間量であるということができる。だから、労働力を生産するにはある何時間かの労働時間量が必要だ。労働時間が必要だということは、労働力は価値を持つことができる。価値が持てれば、労働力は価格=値段を持つとができる」(同15頁)
労働力の価値は生活手段の価値に規定されるということ。生活手段というのは米・麦、肉・魚などの食品、衣類、その他生活していくのに必要なあらゆる消耗品、紙・油・ガソリン代・灯油代、電気代等々。住居の値段。アパート代・マンションの価格も含めて衣食住にかかる生活必需品が生活手段です。この生活手段を生産する労働時間が少なくなり、生活手段生産のための労働量が少なくなれば、その価値は下がり、労働力の価値も下がることになります。賃金は労働力の価値を基礎とした価格です。それを労働者は1ヶ月とか時間で切り売りしているのです。だから整理すると、永野が述べているように、明日また仕事ができるように労働力が再生産できるように、家庭に帰り、飯を食い、テレビを見て、酒を飲んで、風呂に入って、暖かい布団で寝ることができる賃金でなければならないのです。そうではないと労働力が再生産できないから。さらに永野によれば5人家族が暮らしていける賃金でなければならない。子供を産み、育て、学校に行かせるその教育費を含んだ賃金でなければならないということです。さらに何がしかの仕事、技術や一定の熟練を必要とする労働力の習得のためにかかった費用も労働力の養成費として賃金に含まれるということです。この養成費は必ずそうなるというわけでもなく、ある種の技能を獲得するために相当の金がかかったとしても、それと全く関係ない仕事をする場合があり、そうなるとその費用は賃金に含まれない場合もあります。この養成費の問題はそう簡単ではなく、一律に規定できるものではありませんが、ある程度の労働力の養成費が賃金分に含まれるということです。したがってその養成費の違い、労働力の種類によって賃金に差が出てくることはあるということです。
「賃金体系と労働組合 上 年功賃金、職務給・職能給」(労働旬報社 高木督夫 深見謙介著 1974年)というパンフレットがあります。このコピーも村越さんからもらったものですが、ここで言われていることも重要な視点が述べられています。
「賃金問題という立場からみるかぎり、賃金体系は、どこまでも賃金水準に従属した副次的な問題に過ぎない。労働者にとって『よい賃金』とは、『高い賃金』のことであり、『よい賃金体系』とは、『賃金が上がるような体系、つまり労働者の統一と団結を強め、労働組合の闘争力を強化して賃金が上がるのに役立つ体系』のことである。逆に、資本家にとってよい賃金体系とは、労働者の弾圧と分裂に役立ち、賃金を引き下げ、搾取を強めるのに効き目のあるような賃金体系のことに他ならない。だからこそ労働組合は、賃金体系を取り扱う場合、組合の統一と団結をいま一歩強めるという組織的観点から、現状の体系を絶えず修正しつづけるというやり方をしてきたのである」(同14頁)

ここに賃金闘争の核心的なことが書かれていると思います。賃金闘争の核心は賃金をもっと上げろ、食える賃金にしろという要求を資本にたたきつけて闘うということです。労働者間の分断と団結破壊を許さず、賃金を上げる闘いが賃金闘争の基本です。

3、賃金闘争

例えば天候が不順で野菜の値段が倍になるとします。白菜一個が100円だったものが200円に。大根1本100円だったものが200円になる。米の価格が1俵1万4千円だったものが、2万8千円になる。仮にこのような状態が続き、賃金がそれまでと同じならば「名目賃金」は同じでも、「実質賃金」は下がったことになります。だから労働者は賃金引き上げを要求して闘わざるを得ません。そうでなければ労働力の価値は引き下げられ、生活水準は低下し、生きていけなくなります。したがっていくらか賃金は上がったとしても、物価が上がれば実質賃金は同じか、下がる場合もあるわけです。だから労働者は賃金引上げを要求して闘わなければ、これまでと同じ生活を営むことはできません。
また賃金が上がっても、それが時間延長を伴う労働力の過度な消耗や労働強化と一体ならば労働力の価値は切り下げられ、実質的な賃金は下げられているのです。ここでいう労働強化というのは労働密度のことです。同じ労働時間でも労働密度が増大すれば労働者の疲労度は増します。例えば、ベルトコンベアーのスピードが倍に上げられてそれに対応して労働する場合、同じ時間でも2倍の労働力を消耗することになります。人間はある限度を超えればどんなに消費を拡大しても、休養をとっても自分自身を回復することができない地点、限界があるのです。それを超えたら病気になったり過労死したりするのです。したがって賃上げの闘いは労働強化を許さない闘いと一体でないと、名目の賃金は上がっても実質的賃金は下げられているということもあるのです。したがって賃金額の変化だけに目を奪われてはならないのです。資本と労働の関係全般の闘いの中で賃金闘争を闘うことが必要です。
重要なことは労働力の価値は固定的なものではなく、労働者の資本家に対する闘争や抵抗という要素が労働力の価値に影響を与えるのです。しかし、労働力の価値がどんな水準になったとしても与えられた条件のもとで労働者が自分自身を維持再生産生活必需品の価値で労働力を売っていることに変わりはないのです。賃金制度の下では労働者は賃金奴隷であることに変わりなく、われわれの目標は高い賃金とか公正な賃金要求ではなく、賃労働と資本そのものの廃絶なのです。(了)

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