「暴力行為等処罰に関する法律」の学習ノート

「暴力行為等処罰に関する法律」の学習ノート

2009年2月 小泉義秀

(以下は2009年2月23日、国労5・27臨大闘争弾圧裁判の第104回公判において、小樽商科大学教授・荻野富士夫先生が証言し、その際に公判廷に提出された荻野先生の証拠・資料をテキスト化して、学習資料にしたものである。「暴力行為等処罰に関する法律」との闘いは合同・一般労組の課題であり、学習のために掲載することにした)

(ワード形式ファイル 「暴力行為等処罰に関する法律」学習ノート

暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号、以下暴処法と略称する)は、1926年3月9日当時の第51回帝国議会に政府提案され、同年4月10日制定公布、同月30日より施行された。同時期に治安警察法17条・30条が廃止になった。1900年に制定された治安警察法の中でも、第17条・30条は「労働組合死刑法」と言われる悪法で、当時の法体系の中でも問題があるとされ、世論に押され廃止となった悪法である。この治安警察法17条・30条廃止の代わりに制定されたのが暴処法と労働争議調停法(同年4月)である。同時に国会に上程されていた労働組合法は資本の側の猛烈な反対で成立しなかった。この労働組合法は団交権も争議権も認めず主務大臣による解散さえ認めたものであり、現在の労働組合法とは異なる。しかし資本はそういう労働組合法さえ認めようとしなかったのである。この暴処法の成立過程の治安警察法第17条・30条の廃止、労働関係調整法の成立と不成立となった労働組合法案がどういうものなのかをとらえることにより、暴処法を制定した支配者階級の意図と暴処法がどのようなものかをとらえることが可能となる。
では治安警察法第17条・30条はいかなるものだったのか。1926年4月9日に公布され7月1日から施行された新しい治安警察法はこの17条・30条が削除された。この削除前の条文が以下である。

「第17条  左ノ各号ノ目的ヲ以テ他人ニ対シテ暴行、脅迫シ若ハ公然誹毀シ又ハ第2号の目的ヲ以テ他人ヲ誘惑若ハ煽動スルコトヲ得ス
1  労務ノ条件又ハ報酬ニ関シ協同ノ行動ヲ為スヘキ団結ニ加入セシメ又ハ其ノ加入ヲ妨クルコト
2 同盟解雇若ハ同盟罷業ヲ遂行スルカ為使用者ヲシテ労務者ヲ解雇セシメ若ハ労務ニ従事スルノ申込ヲ拒絶セシメ又ハ労務者ヲシテ労務ヲ停廃セシメ若ハ労務者トシテ雇傭スルノ申込ヲ拒絶セシムルコト
3 労務ノ条件又ハ報酬ニ関シ相手方ノ承諾ヲ強ユルコト耕作ノ目的ニ出ツル土地賃貸借ノ条件ニ関シ承諾ヲ強ユルカ為相手方ニ対シ暴行、脅迫シ若ハ公然誹毀スルコトヲ得ス
第30条  第17条ニ違背シタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ3円以上30円以下ノ罰金ヲ附加ス使用者ノ同盟解雇又ハ労務者ノ同盟罷業ニ加盟セザル者ニ対シテ暴行、脅迫シ若ハ公然誹毀スル者亦同シ」

原文は読みにくいので意訳すると以下のようになる。

「第17条 左の各号の目的をもって他人に対して暴行、脅迫し、もしくは公然誹毀(ひき=名誉棄損)し、または第2号の目的をもって他人を誘惑もしくは煽動してはならない。
1 労働条件または賃金に関して協同の行動をなす団結に加入させようと(労働組合を組織する)すること、その加入を妨げること。
2 同盟解雇もしくは同盟罷業を遂行したために使用者が労働者を解雇したり、そのことを理由として雇うことを拒否すること。労働者がストライキやポタージュをすること。使用者はそのことを理由に労働者の雇用の申し出を拒んだりしてはならない。
3 労働条件改善や賃上げを要求して雇い主にその承諾を求めること。小作の条件に関して地主に対して改善の要求をして、その承諾を強いること。以上のことを実現するために暴行したり、脅迫したり、公然と名誉棄損をしてはならない。

第30条 第17条に違反したものは1ヶ月以上、6ヶ月以下の重禁錮刑にし、3円以上30円以下の罰金を科す。使用者が労働組合に加入したことを理由に労働者を解雇してはならない。またストライキに参加しなかった者に対して暴行、脅迫もしくは公然と名誉を傷つけたものも同様の刑に処する。」

縦書きのため「左の各号」と言うのは1・2・3全部についてのことである。同盟解雇というのは、労働組合を組織して解雇したり、されたりすること。同盟罷業はストライキをやることである。この治安警察法17条・30条の解釈で混乱するのは使用者がしてはならないことを含めて規定していることである。あたかも労使双方に平等に禁止事項を設けるような体裁を取っているがために法文がわかりにくくなっている。又は若しくはと続いていくため、主語がどこまで述語にかかるかも判断が難しい。『現代法学全集第4巻』(暴力行為等処罰法 池田克 資料NO22)によれば「使用者に関する部分は実際上適用の余地なき死文となっていたのであるから従って又玆に問題とするの必要を見ない。問題となるは其の労務者に関する部分である。しかして私の解釈に誤りなしとせば

(一)    労務の条件に関し協同の行動を為すべき団結に加入せしむること
(二)    同盟罷業を遂行するが為、労務者をして労務を停廃せしむること
(三)    労務の条件に関し相手方の承諾を強いること
(四)    耕作の目的に出づる土地賃貸借の条件に関し承諾が強ゆること。(同295頁)

と述べている。池田は思想検事の一人であり、戦後一時期公職を追放されるが、後に最高裁判事まで上り詰めた輩である(荻野証言)。この思想検事が「私の解釈に誤りなしとせば」と書くほど治安警察法の条文は難解である。これは難解というよりも、支配者階級、検察・警察の拡大解釈・曖昧解釈を許すことが可能な条文であるということだ。17条の大きな問題の一つは「第2号の目的をもって他人を誘惑もしくは煽動してはならない。」という下りである。これは第2号に限定しているかのようであるが、これは1・2・3全体を貫くものとして適用されてきたのである。第2号の「労務者ヲシテ労務ヲ停廃セシメ」ということはストライキやさポタージュ等労働者の様々な闘いを含むが、その場合必ず「労務ノ条件又ハ報酬ニ関シ協同ノ行動ヲ為スヘキ団結ニ加入セシメ」という労働組合を組織したり、労働者が団結することが必要になる。さらにまたストライキ等は必ず資本に要求を突きつけ、それを貫徹することが目的となり、それ抜きに争議行為はあり得あないので、必ず3号の「相手方ノ承諾ヲ強ユルコト」を包括しているのである。原文と私の意訳を掲載したのは私の解釈に誤りがあるかも知れないと考えたからである。

上記治安警察法第17条・30条の廃止の代わりに暴処法と労働関係調整法が制定された。労働関係調整法の特徴は第19条にあるが、17条の「誘惑・煽動」条項がこの法律に引き継がれているのである。
1925年12月2日の東京朝日新聞に「調停法 一、第一九条の調停期間中の罷業閉鎖に関しては第三者のストライキ、閉鎖、怠業等の勧誘を禁止すること」とある。「NO11 司法書記官法学士塩野秀彦述 暴力行為等処罰法釈義 1926年4月」には労働関係調整法について以下の記述がある。「本書は予が憲兵練習所学生のために講演した」という序文のあとで、「尚附言すべきことは同盟罷業又は同盟解雇に際し治安警察法第17条第30条で処罰したる誘惑若しくは煽動の所為は刑法その他の刑罰法令においてこれを処罰する規定無き故、同法条の廃止後、誘惑、煽動は全然罰せぬかと云うにしからず。大正15年4月9日公布律第57号労動争議調停法が近々同法条の廃止と同時に実施されるから同法第19条第22条によれば現に其の争議に関係ある使用者及び労働者並其の属する使用者団体及び労働者団体及労働者団体の役員及事務員以外の者は調停委員会開設の通知ありたるときより調停手続結了に至るまでの間、作業所閉鎖、労働中止、作業中止、作業進行阻害の目的を以て其の争議に関係ある使用者又は労働者を誘惑若しくは煽動することを得ず、之に違反する者は三月以下の禁固又は二百円以下の罰金に処されるるのである。」

当時は争議の調停は警察が行っていた。したがって警察官が調停委員会開設を宣言し、手続きが終了するまで労働者の側は争議行為ができなくなる。これに違反したら禁錮刑と罰金というわけだ。治安警察法17条・30条が労働関係調整法に引き継がれたということなのだ。暴処法には「誘惑・煽動」を禁止する条項がないからである。しかしながら、誘惑とは労働者を労働組合に組織したり、闘いを呼びかけることだ。煽動とは共に闘おうと訴えることだ。これが犯罪とされた治安警察法17条・30条は「団結禁止法」であり、それが暴処法と労働関係調整法に引き継がれたということなのである。

労働組合法案については(資料NO14)1925年12月2日の東京朝日新聞の報道に「組合の解散は必ずしも本法に入れるを要せず治安警察法第8条を適用に譲ること」とある。治安警察法第八条というのは「①安寧秩序ヲ保持スル為必要ナル場合ニ於テハ警察官ハ屋外ノ集会又ハ多衆ノ運動若ハ群衆ヲ制限、禁止若ハ解散シ又屋内ノ集会ヲ解散スルコトヲ得②結社ニシテ前項ニ該当スルトキハ内務大臣ハ之ヲ禁止スルコトヲ得此ノ場合ニ於テ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスル者ハ行政裁判所ニ出訴スルコトヲ得」という内容のものであり、警察官の判断で屋内・屋外集会を禁止したり、労働組合の解散を内務大臣ができるという代物だ。東京朝日新聞1925年12月9日の記事によれば、小作人組合は労働組合法の適用は受けない。官吏は労働組合法の労働者としては認めていない。「組合加入者保護」という条項において使用者の現行労働組合法の不当労働行為のようなものを禁じているが、罰則規定は「之を設けざること」とある。罰則規定をあえて設けない不当労働行為規定は何の意味もないものである。(資料NO7)東京朝日新聞1925年12月9日記事は「階級闘争を努めて防止す 社会局原案に修正を加えた理由」という見出しをつけて「組合員の範囲においては組合員の資格を有せざる者の組合加入を制限するは労働組合は労働者の利益のため存在するものであるから非労働者の存在を放任するときは多数労働者の意思に反して非労働者が専横の行為をなす恐れがあるゆえである。」とある。この修正案の理由は定かではないが、職業革命家や農民などを排除するも目的をもってこのような案を加えたのではないかと考える。更に以下の記述がある。

「組合の組織を職業別となした結果組合聯合を労働組合と認めないのは行政調査会における産業保護論の勝利を示すもので労働組合をあくまで現存産業組織の一機関として之を認めんとするものである職業別に依らない組合は組合の本旨である労働条件の維持改善の範囲を超へて階級闘争を助長するものであるから健全なる発達を指導せんとするための組合法の対象としては職業別乃至産業別に限るを可とする故法認されるのは縦の組合(産業別)及び横の組合(職業別)となる従って現在の総同盟その他の聯合体は否定するものではないが組合法の適用から除外され保護も受けず又何等束縛も受けず例えば商業会議所聯合会の如き取扱を受ける訳である。」労働組合の連合体や合同・一般労組のような組織は階級闘争を助長するからこれを認めないというのである。資本の側の猛烈な反対で労働組合法法案は不成立となったという論述が散見されるが、このような労働組合法案は労働者の側も大反対だったに違いない。だから不成立となったのである。

暴処法は1924年7月の小作調停法の制定、25年4月の治安維持法の公布に続いて1926年4月に制定された。

(資料NO4 )「東京朝日新聞市内版 1926年1月16日」は以下のように報道している。「治警17条撤廃案 21日の議会に提出 労働争議調停案とともに昨日閣議において可決さる はかどらぬ労働組合法(見出し)治警17条に代わる二法律 労働争議調停法第一九条と暴威取締令を適用(見出し)
罰則は同日閣議において決定した労働争議調停案第一九条にその適用の範囲を局限したが暴行脅迫の行為は治警一七条削除の結果当然刑法の親告罪として処罰されるのであるがこれについては最近司法省で成案を得近く法制局に回さるべき暴威取締法案が制定せらるる時は労働争議の際にしばしば見る争議団代表の会社重役に対する面会強要その他多数を以ってする暴行等はこの暴威取締法の適用に依り治警法と同様依然親告を要せざる罪としてこれを罰せらるることとなるものであること」同「東京朝日新聞1925年12月23日」は「今議会に提出の「暴威取締法案」暴力団の徹底的取締を期し親告を待たずして処断する。内務、司法意見一致 被害者の親告を待たずして処罰しえること」とある。(資料NO5)「東京朝日新聞1926年3月2日」は「暴力行為処罰法案 両当局の意見大体一致して 近日中閣議に付議 全文3か条の要綱(見出し) 法制局司法省間にて問題となれるは第3条のせん動の字句で司法省では右字句を強き意味に局限してゐるに対し法制局側は「せん動」の字句は不明瞭であるから削除するがよいとの意見にて不一致となり…万一本条項を加へないとすれば刑法の教唆罪と強談威迫に対する利用罪(第3条の前段)との中間に存在する罪が全部除かれ本法の使命を失うことになるとの意見によって本条項が加えられたわけである」との議論がある。(資料NO7 )「東京朝日新聞1926年3月20日」は社説である。「厳罰主義に対する抗議  前議会には治安維持法があった。今議会には暴力行為処罰法がある。いずれもしゅん厳なる刑罰をふりかざして、法の威力をもって社会の憂患を取り除かんとする点において、その軌を一にする。この法律および法案は、刑法以後の新しき罪というよりも、むしろ刑法の罰則をなまぬるいとして、重刑をもって国民を脅かし、もって犯罪予防の目的を達しようとする、いわゆる厳罰主義のあらわれである。今日厳罰重刑の政治が行われるということは、封建制度の昔の夢を繰り返すようなもので、これほど憲政の逆転はない。…厳罰主義の除外例とも見るべきは、労働法規の確立とともに治安警察法第17条の撤廃が行われることである。しかし労働組合法にも、争議調停法にも多くの罰則が付け加えられている。殊に資本主に対して、労働組合加入を理由として労働者を解雇することを禁じて、しかもその罰則を取り除いたことが労働法案討議の一問題とされているが、これは罰則が寛大であることが悪いというのでは決してなく、罰はいずれに対しても寛大なるが宜しい。併し一方にのみ寛で、他方に厳であるような片手落ち(ママ)が悪いというのである。」

上記の記事で暴処法制定の過程の世論と支配階級の意図を読み取ることができる。支配者階級が注視しているのは暴処法を非親告罪にするという点にある。第2は「暴威取締法案」とか「暴力団取締」という記事を新聞に書かせて世論を誘導していることである。第3に煽動の文言をめぐる司法省と法制局の意見の対立である。これは治安警察法17条の誘惑・煽動」が法的にも極めて曖昧で権力内部でも論争があったほどの規定であるということだ。治安警察法17条をそのまま温存したという批判を避ける意図があったと思われる。だから暴処法から外して労働関係調整法に潜り込ませたということである。

暴処法について委員会や議会でどのような議論が行われたかは(資料9議事録)で垣間見ることができる。(資料NO9-1)「1926年3月18日委員会議事録 官報号外」は以下のように書いている。「国務大臣(江木翼君)近時団体の威力等を用いて暴行、脅迫、器物の毀棄、又は面会強請、強談、威迫等の罪を犯し、或いは兇器を携え、あるいは常習としてこの種の犯行を為すものがあります、又不逞の徒輩を利用して良民に迫害を加ふる者も洵に少なくないのでございます。しかして彼等不逞の徒は現在の法律の刑の軽きに慣れて、法を蔑視するの風があるのみならず、被害者は時としては後難を恐れまして、告訴をしないという場合もあるのでありまして、親告罪なる暴行毀棄の罪にいたっては、訴追を免れるの例が甚だ多いのでございます。又彼らを利用する者に対しましては法の不備なるが為に之を取り締まること能はざる場合もまた少なくないのでございます。仍て新たに茲に法を設けまして、これらの所為を厳重に取り締まるの必要を認めましたのでございます」(資料NO9-2)「 第51回帝国議会衆議院委員会議事録(第9回)」では「立石政府委員 多衆の方はこれはやはり相当の多衆ということの数で、その相手方の意思と申しましょうか、信念と申しますか、意思に多少の圧迫を感ぜせしむるだけのものを多衆というので、これも何人以上ということに正確に申し上げることは難しいが、まず普通社会一般の観念から考えて見て多衆とみるので、この方は別に団体と違いまして、必ずしも組織体をなしておらないで、一時的の集合でも宜しい」「立石政府委員 (常習規定を入れた件について) この少数の方は人は一人でございますけれども、常にそのような行為を繰り返すということが世間に知られているような人、これまた繰り返しすという行為、そのことによりて一種のそのところに威力と申しますか、恐怖心と申しますかが生じてくるというように観念しえるということから、形は少しくおかしいようでございますけれども、入れたほうがよろしかろう,これが最も当時の社会状態に照らしまして処分するのに最も緊切の必要を感ずるということから之を入れたのであります」「立石政府委員  例えば同盟罷業をなし、あるいは労働組合が当然為す所の最近においてこれは国家が公認せんとしているところの団体的行為でありますが、その時にあるいはこのところに掲げるような罪をおかすことがあると思う、あるいは思想的背景をもって国家主義とか、あるいはその他の主義をもってその主義の実現のために、その主義に反するところのものを抑懲するためか、あるいはその他の目的をもってこのところに掲げるような罪を犯すものがないとは限らない」

多衆の威力が労働組合を主要なターゲットにしていることが良く分かる。しかし「多衆の威力」という概念が極めて曖昧であることが暴露されている。だから反対者は次のように述べるのである。(同)「山口義一  若しもこの適用を誤りましたならば、恣に人権を蹂躙することができる所の恐るべき法律となるというところがございますからして、この運用に関しまして付帯決議を付けていただきたいと思うのであります。「本案規定の暴力行為等を検挙するにあたり当局は須く其運用に戒心し苟(いやし)くも人権蹂躙の非違無きことを期すべし」…この法律の適用の範囲が頗る不明瞭、曖昧模糊と致しているのであります…一方においては団体の効力を認めており、他方においてはその団体の威力を発揮することを禁じている。団体の効力を認めているということはとりもなおさず団体の威力の発揮を認めている結果になるのでありまして、効力をみとめておきながらその威力の発揮することを禁ずるということになると、洵(まこと)に矛盾した結果になるのであります」

労働組合法の制定の動き含めて労働者の団結権を認めるかのような姿勢を示しながら、団体の威力の発揮を禁じているのは矛盾である、という指摘は全く正当である。付帯決議を付けて法案を通すという手法はほとんど意味がないのであるが批判意見としては的を射たものである。荻野証言によれば委員9人中7人が労働・農民・水平運動の取り締まりに懸念を表明する審議だったということであり、帝国議会ではあれ反対意見が圧倒的だったことを示している。

暴処法制定の立法の理由として整理された文書は(資料NO10)「1926年4月10日 暴力行為等処罰に関する法律釋義 司法刑事局」である。「立法の理由 近年に到り団体を背景として威力を用いまたは暴力を用いて暴行、脅迫、毀棄または面会強請、強談威伯その他の他これに類する犯罪を敢行する徒続出ばっこし良民に迫害を加えるもの甚だ多し。彼らのばっこするに至るは思想上、経済上その他社会的諸多くの原因に基づくものであると雖も、法制上の不備もまたその一原因たるをまぬがれず。今その主たるものをあげれば、親告罪の被害者において後難を危惧して告訴をなさることその一なり。暴行、脅迫、毀棄、面会強請、強談威伯のごときはこれを犯すもその刑軽くして彼らを威嚇するに足らざることその二なり。彼らを利用する者に対する取り締まり規定の不備なることその三なり。」

前掲(資料NO11)で刑法と暴処法の関係について記されている。「第11 本法と他法との関係 1 刑法との関係 本法第3条は刑法等で認めない新しい罪を規定したものである。第1条は刑法の暴行(208条)、脅迫(222条)、器物毀棄(261条)の犯罪行為に一定の条件を付加して処罰するのであるから刑法の規定にたいしては特別法(複雑法)なり。第2条は警察犯処罰令(1条4号)の面会強請、強談、威迫の行為に一定条件を付加して処罰するのであって之亦警察犯罪処罰令の規定に対して特別法である。故に特法は通法に優るの原則により本法の規定は常に刑法や処罰令の規定を排斥して適用さるるのである、決して刑法第54条前段の一処為数法に該るの規定を適用すべきものではな。」「労働争議、小作争議における特殊の暴行、脅迫は治安警察法第17条第30条により罰せられたが大正15年4月法律第58条をもって同法条は削除せられ近く7月1日から実施されるけれどもその実施により同法条の認めた犯罪行為は将来犯罪とせず放任するものと速断してはならぬ。元来同法条の暴行脅迫及び誹毀の罪は刑法の暴行、脅迫及び誹毀の特別法である。従って同法条が同法条が削除消滅すれば普通法たる刑法の適用あることは当然である、故に従来同法条により最高6月の懲役に処せられた罪は同法条の廃止のために却て刑法により最高1年の懲役に処せらるることは言を俟たぬのである。而も本法(暴力処罰法)があるから労働争議、小作争議に際し是まで治安警察法により処罰せられた暴行、脅迫にして本法の定むる特殊の態様を具備する場合に於いては本法により刑法よりも一層厳重なる刑罰を科し得るのである。」

こうして制定された暴処法は一カ月もたたないうちに直ちに発動される。歴史的に最初の適用として確認されているのが「浜松日本楽器争議1926年4月」である。「評議会系浜松合同労組に集まる日本楽器本社工場の労働者1300人は,4月21日に衛生設備改善・最低賃金保障など16項目の要求を提出し、拒否されるとストライキに入った.評議会本部は幹部を現地に派遣して争議を指導、ストは105日間に及んだ。争議過程では〈日報〉発行など注目される戦術も生み出されたが,激しい弾圧を受け,350人の解雇・手当3万円で妥結した。」インターネットで検索して出てくる日本楽器争議(現在のヤマハ)の記述である。この争議については種々の研究があり戦前の争議の中でも注目される闘いである。この争議に暴処法が適用されたということである。

次に大審院判例として確定していく事件として[資料NO15 大正15年(れ)第156号同年11月22日第5刑事部判決 棄却)]がある。「上告人(被告人)第1審 京都区裁判所 第2審 京都地方裁判所 判示事項 暴力行為等処罰に関する法律第1条の適用 判決要旨 団体カ正当ノ目的ヲ有ユウスルトキト雖之ヲ背景トシ其ノ威力ヲ利用シテ暴行又ハ脅迫ヲ為シタル団体員ノ行為ハ暴力行為等処罰ニ関スル法律第1条に該当ス」という内容である。暴処法の1条の適用の大審院判例がこういうものなのかということを思わせる判決である。たった一人の人間の発言が多衆を背景とした脅迫と認定された暴処法1条の典型的内容である。判決文はそのままだと分かりにくいので意訳した。

[(意訳)被告人は農民組合員であり、被告人の実兄が数年来小作してきた藪内某所有の京都府久世郡にある田地を久乗某が買い取った後、被告人の実兄との間で引き続き田地を小作するか否かについて交渉中であったということを実兄から聞いていた。大正15年5月10日に北尾某が新しい地主・久乗の依頼で田地を耕作しているのを発見した被告人が「この田地を誰が耕作するかについてはまだ話し合いがついていない。もしあなたが小作するなら自分は農民組合に加盟しているので後から大変なことになるかもしれない。自分の兄はその筋の人間なのでどんなことをするかわからない。私もあなたが他村の者ならば殴り倒す」こう言って農民組合という団体の威力を示して被害者・北尾を脅迫した。

「自分は農民組合に加入しているから後日大変なことになっても知らない」という言葉は被告が荒き言葉を用いたことを示している。兄が何をしでかすかわからない。自分もあなたが他村のものならば殴り倒すと述べたのは、被告が北尾に対し農民組合という団体を背景にして北尾の身体に危害が及ぶかもしれないということを示したということである。単なる注意を与えたとは認められない。故に原判決が被告を前記法条で処罰したのは正当であるから違法ではない。]

農民組合加盟しているということと、何がしかの危害が及ぶかもしれないという「荒き言葉」と「殴りたいくらいの気持ちだ」という実行行為が何もないただの言葉だけで有罪判決なのだ。しかもこれが暴処法1条の判例として確定していくのである。非常に抽象的な曖昧な言葉を聞いたということだけで暴処法なのだ。当時は録音テープがあるわけではない。言った言わないの世界であり、被害者側の一方的な言い分が通った判決なのである。しかも暴処法は非親告罪であるから、後述する沖野々事件と同様に、その場の話だけで治まった件に警察が介入して事件化した可能性もある。この件は5月10日の事だから暴処法が施行されて1ヶ月後のことだ。労働運動や農民の運動を弾圧するために暴処法が直ちに発動されたことがわかる。

8月、和歌山県の水平社に対してかけられた弾圧が「沖野々事件」である。沖野々は、現在の和歌山県海南市にある部落である。水平社の組織がなかった部落における差別事件に際して、青年有志をはじめとした部落大衆が、大阪水平社の応援を得て、糾弾闘争に立ちあがった。村の有志によって、差別者に出席を求めた話し合いの場がもたれ、差別者は出席しなかったものの、一般地区の区長が出席し、この場で、沖野々部落の有志と区長とのあいだで「区長の責任によって、差別者に謝罪文を書かせる」こと、「再発防止のために人権啓発の講演会を開催する」ことが約束された。ところが、これに警察が介入。警察署長が区長宅に乗り込み、区長を恫喝して、この約束を撤回させるとともに、この話し合いを「暴力行為」にでっち上げ、応援に来た大阪水平社の栗須七郎とともに6人の沖野々の部落大衆を逮捕した。この人々に拷問を加えて、でっち上げの自白を強要し、長期投獄をねらうとともに、この部落における水平社の組織づくりの芽をつみとり、水平社にたいして打撃を加えることを企んだ事件である。暴処法が非親告罪であることを使った警察が主導した弾圧である。

こうして1926年4月の制定・施行から直ちに、労働運動・農民運動・水平社の運動に暴処法が適用されていく。そして1928年3・15弾圧直後に「治安時事法罰則を峻厳にする改正案」が出され、同時に暴処法が刑法の特別法と同時に「行政警察令」としての性格を色濃く持つようになり、労働運動や農民運動抑圧の予防措置としての機能を発揮していく(荻野証言)。(資料NO19 )「読売新聞1928年4・26」「治安維持法罰則を峻厳にする改正案 危険思想所有者大弾圧のためけふ政府から提出(見出し)」と大々的な大弾圧方針を明らかにする。「政府は今回の共産党事件に鑑みる所あり之に大弾圧をくわえて再び此の種の思想所有者をして再び起つ能はざらすむべく治安維持法の罰則に対し大改正を加え殆ど内乱罪同様程度の重刑罰則とすることとし25日の院内臨時閣議において決定したので26日治安維持法中改正法律案として衆議院に提出すること」となったと記し、同じ紙面の隣に次の記事を載せている。「思想取り締まりと同様暴力行為に厳罰 けふ内相が地方長官に訓令(見出し)」「・・・暴力行為等の取り締まりについては数次調達する所あり、また特に法を設けて多衆または団体を背景としてこれ等の行為を敢行する者に対して厳罰をもって臨む等鋭意時弊の匡正を期しつつありといえど近時世態の窮状徴するに悪弊なお未だそのあとをたたざるをみる、すなわち各種争議等に際し多衆の威力によって強談威迫をなし、あるいは事件に介入して暴行、殺傷をあえてする等、実力を以って事を決しさらんとするのこと例二三にしてとどまらざるなり、かくのごときは団体を蔑如し立憲政治の精神を蹂躙するの甚だしきものにして彼の矯激なる思想を抱持する者の急進運動の防止を要すると同様深く之を戒めざるべからず、各位は宜しく流弊の趣くところに察し今後一段の注意を払い勤めて犯行を未然に防止するとともに違反者は仮借なく之を検挙し以って時弊を一掃するに努力せらるべし」見出しにあるようにこれは内相が地方長官に発した訓令である。このあと一気呵成に弾圧の強化が図られるのである。この過程のことを荻野富士夫先生は次のように書いている。(資料NO20)『思想検事』(荻野富士夫著 岩波新書)「治安維持法改正は28年6月、司法省主導のもと、緊急勅令として成立する。この改正の中身は「国体」変革に対する処罰の厳重化(死刑の導入)と『結社の目的遂行の為にする行為』の処罰(目的遂行罪)の導入であった。ここでとくに問題にすべきは後者である。これは、3・15事件での検挙・取調の過程で痛感された治安維持法の『不備』をおぎなうものであった。つまり、『党員ではないが、入会(ママ)をしないが、色々命令されて活動されているものがある。併し、そういうものを処罰す方法がない』という松坂の回想に対応する改正だったのである。」「 思想検事の創出 そして、一方で思想検事の創出が司法省・検察のつよい意向によってすすめられていた。・・・そして、第55議会(5月6日閉会)で、特高警察大拡充の追加予算約200万とともに、思想検事の創設の経費約32万が認められるのである。7月24日、裁判所職員定員令の改正により、思想犯罪の捜査と研究に従事させるためとして、検事26人と書記52人が増員された。思想検事の正式誕生である。(33~35頁)」「一 思想検事は主として、左の思想犯事件、並びに詭激思想懐抱者の犯したる普通犯罪事件を担当す」ということである。

このような経緯を通して暴処法の治安法としての機能が公然と認められるようになり、暴処法の公権的解釈にも変化が生じた。前掲(資料NO22)の池田克の解釈は権力側の暴処法の意図・解釈を赤裸々に吐露している。『「団体若しくは多衆を仮装」すとは団体員にも非ず又多衆も控えていらざるに拘わらず或いは団体があり或いは又多衆が控えて居るものの如く見せかけて相手方をして誤信せしめむとすることを意味する。しかして法文には単に団体若しくは多衆を仮装して威力を示しと規定するに止まるから、相手方に於いて誤信の結果を生ずると否とを問わないのである。』『「威力ヲ示ス」とは人の意思を制圧するに足る勢力を自己目的以外の者に対し認識せしむる一切の行為を意味する。いやしくも人の意思を制圧するに足るにおいては、その勢力の有形的のものたると無形的のものたるとを問わない。』

池田の解釈によれば「多衆を仮装」するというのは相手が誤解した場合もそうなるというとんでもない内容である。「威力を示す」という点についてもは、言葉を発しなくても、たった一人でも、顔が怖いから脅威を感じたということも暴処法の適用を受けることになる。何故なら池田によれば人の意思を制圧する一切の行為を意味するというのだから。このように暴処法というのは権力の側がどのようにでも得て勝手に治安弾圧のために拡大解釈ができるような悪法であるということだ。規定が抽象的で曖昧なだけにそうなるということだ。

次に戦後の暴処法の問題を知る上で重要な資料が宇佐美論文である。これまでの資料は権力側のものが多かったが、これは暴処法を批判的にとらえた論文である。宇佐美論文では暴処法を「暴力法」と略しているので注意。以下重要だと思った部分を抜き書きした。(資料NO・33 『刑事法学の新課題』(1979年11月10日初版 「占領期」における暴力行為等処罰に関する法律の運用実態 宇佐美俊臣)

大正15年には、団交権も争議権も認めず主務大臣による解散さえ認める労働組合法案が上程され(労働者等の反対により不成立)、治安警察法17条の代わりに、公共事業だけでなく「公共の日常生活に関係ある事業」の争議に対し行政官庁の職権による強制調停を認める労働争議調停法が成立した。そして「尚ホ刑法ノ規定ニ委ヌルノ外、何等カ暴行脅迫ニ対シテモット取締ヲスル政府ハ意志ヲ持ッテ居ルヤ否ヤ、是ハ治安警察法第十七条ヲ廃止スルガ為デハアリマセヌケレドモ、刑法ノ規定デ、昨今暴力ヲ恣ニスル者ヲ取締ルコトハ不十分デアルト認メテ居ルノデアリマス、ソレ故ニ何レ之ニ関スル法律案ヲ提出スルツモリ」(第五十一帝国議会衆議院議事速記録三十六五頁)であると考えて、暴力法案が提出されたのであった。(179~180頁)

暴力法の法形態上の最大の特徴は、行為の「集団性」そのものを違法性の規定的要因としている点にある。暴力法においては、処罰される主な行為は、暴行、脅迫、器物毀棄であり、行為主体は、一般人である。従って、治安警察法と異なって、市民刑法的外観を呈しているようにみえる。・・・暴力法は行為主体を限定しないことによって、かえって、あらゆる大衆運動をその射程距離内にとらえうることになったのである。さらに、不明確な概念を多く用いており、常習犯規定を導入し、刑法にも規定されていない軽微な行為や、刑法上の犯罪の前段階的行為を処罰対象とする等の特徴をもっている。これらの点を考えると、暴力法は、形態的にも、市民刑法とは異なっており、一種の「新しい型の治安立法」といえる。(181~182頁)

隠匿物資摘発運動に対しては、前述した取締方針に基づいて、暴力法が適用されている。板橋造兵廠事件と川崎市労働者市民大会事件がその適用例である。後者は、、暴力法が、この期のような「民主化」の時期にいおいてさえ、大衆運動を抑圧するために用いられうるということをよく示す適用例であった。すなわち、数千人の労働者が食糧要求デモを行い市役所に押しかけてコッペパンの配給を承諾させ、さらに、市長宅に押しかけて隠匿物資を摘発した事件で、デモの指導者3人が多衆威力脅迫罪と住居侵入罪で起訴された。ここで注意しなければならないのは、数千人の大衆が喧騒するなかとはいえ、「身体名誉等に如何なる害悪をくわえるかもしれないという気勢」を示しただけで多衆威力脅迫罪に問われていることである(被告人のことばに害悪の告知は認定されていない)。このような適用のしかたは、後に述べるように、暴力法が治安立法として機能していることに注意しなければならないのである。(183~184頁)

マッカーサーの暴民声明以後…暴力法が適用されるようになる。たとえば、暴民声明以前に起きながら起訴されていなかった三菱美唄炭鉱「人民裁判」事件に対する起訴がなされた。この事件は、二千人近い大衆の面前での団体交渉が約30時間以上ほとんど不眠不休で続けられたもので(正面に「人民裁判」と大書きしたビラが貼られた)、指導者として労組幹部六人と共産党員二人が暴力法と監禁罪で起訴された。(186頁)

生産管理に対しては、たとえば大和製鋼争議に対して暴力法が適用されている。この事件は、会社側が争議を妨害するために倉庫に施錠をしたのに対し、鍵の引き渡しを再三要求したが、会社側に拒否されたため、業務管理を遂行するために倉庫内の資材を搬出しようとして、倉庫の錠前を破壊したことについて、労働組合の幹部四人が共同器物毀棄罪にあたるとして起訴されたものである。このような、業務管理を遂行するためにはにやむを得ない最小限の行為に対しても、暴力法が適用されたのである(第一審裁判所は、廃棄行為を緊急避難として刑の免除を言い渡した)。(186頁)

1947年1月31日、内務省は、2月1日以後の個別ストもゼネ・ストの継続として取り締まる方針を示したが、これをうけて、たとえば、北海道酪農協同札幌製薬工場事件に対して、暴力法が適用された。すなわち、ゼネ・スト禁止以後もストを継続しようとの同工場従業員組合の決定に従い、執行委員長以下6人は、スト遂行のため、作業を続けようとする工場長の面前でペニシリン製造に必要な器具を除去し隠匿したとして、多衆の威力を示した共同器物毀棄罪で起訴された。ここでも、器具を除去し隠匿するだけで器物毀棄にあたるという問題のある適用がなされた。さらに事件では、第一組合の威力を背景にすることが、多衆の威力を示したことになるとされている。・・・第一審裁判所は、さすがに多衆の威力を示したとは言えないとして、無罪ないし公訴棄却を言い渡した。1946年6月21日には、労働運動に対する戦後初めての大規模な刑事弾圧がなされ、暴力法が適用された(第二次読売争議)。すなわち、当時の読売の民主的反政府的傾向に対し、GHQの「示唆」を受けた会社が、編集権の確立を名目として編集局や論説委員の幹部6人に退社要求をしたことに端を発したもので、会社側が争議抑圧のため暴力団を使うなどし激しい闘争を行っている中で、突然警察官500人が編集局になだれこみ、組合員56人を検挙した事件である。52人は即日釈放されたが、前記6人のうち4人は暴力法違反の容疑で送検された。(187頁)

暴力法はそれが存在する限り、外部からいかにその運用を抑制しようとしても、いつでも治安法として機能しうる法律である、ということを学ばなければならないのである。(188頁頁)

1948年3月、検事長会議において、福井検事総長は、争議における行き過ぎ、ことに違法な生産管理に対する取り締まりは今や何らためらう時期ではないと述べて、暴力法の積極的な適用を指示した。また1949年6月には、検事長・検事正会合において、法務総裁は、日本経済の自立と安定のために検察の全機能を発揮して戴きたいと述べて、「自立化」政策遂行のための大衆運動の徹底的な取り締まりを要請し、さいらに、これを受けて、検務局長は、労働運動において「強談威迫によって相手方を反服せんとし、その間暴力行為に出るが如き」場合は「たとえ違法の程度が軽いものであっても、これに対し別段参酌する必要を認めない」と述べてあからさまに暴力法の積極的な適用を指示している。(192頁)

レッド・パージにより解雇された者に対する警察による家庭関係、行動等の調査があったことを知った共産党員が「かかる売国奴とその手先どもの行為は来るべき人民裁判のいよって裁かれるであろう」と書いたビラを数枚を付近の住民に頒布しただけで、多衆威力脅迫罪にあたるとして起訴された例がある。(191頁)

職安闘争に対する適用例も多い。(191頁)

適用された人間についてみてみると、どんな大衆運動においても、組織的な大衆運動には全てと言って良い程、組織の指導者や活動的な人間が中心とされている。(193頁)

たとえば、十数人で喧騒(関合同産業)、組合員数人と共にスクラムを組む(究科工業)、約束を破って帰ろうとする税務署課長の前に数十人で立ちはだかる(脇岬村反税闘争)等が、多衆の威力を示したものとされた。国鉄延岡支部の事件など、人員整理の重要な参考資料となる考課表を作成した助役に対し、その内容に不満をもった3人が「もし馘になったらばらしてやる」「我々の執行ぶではこの馘首後幹部の不正摘発をすることになっている」等と言いながら2、3回手拳を振り回しただけで、多衆の威力を示した共同脅迫罪にあたるとして起訴された(194頁)
首に腕をまきつけるように抱きつき、背後から抱きつき、ベルトを引っ張る(薩摩木工)<あるいは、約束を破って帰ろうとした課長の胸元をつかむ(脇岬村反税闘争)等が、共同暴行ないし多衆威力暴行とされている。これらは日常生活においてなされた場合には、刑事事件にならない行動である。それが大衆運動の一環としてなされた場合には「犯罪行為」とされるわけである。労働組合法第1条第2項の趣旨は、少なくとも、日常の場合は犯罪とされる行為であっても、それが労働運動の一環としてなされるときは(少なくとも違法の程度が軽いときは)犯罪とならないという点にあったはずである。現実の適用の仕方は、労働組合法第1条第2項の趣旨に全く逆行するものといわなければならない。しかも、この期からは、さらに問題のある適用がなされた。すなわち「スクラムによって入場を拒否したり、押し返したり、退場を妨げる『行為』を、多衆威力暴行罪にあたるとして起訴したのである(たとえば理研小千谷工場、究科工業、特殊製鋼等)。理研小千谷工場の事件についてみると、争議は、工場閉鎖・人員整理反対→会社側工場閉鎖強行→組合側生産管理開始→会社側工場明け渡しの仮処分申請→仮処分執行という経緯をたどるのであるが、仮処分執行のため工場に入ろうとした会社側の人間をスクラムによって拒否し押し返したというものである。その10分後、警察官30人が出動したが、これをスクラムで押し返した行為は公務執行妨害罪に問われた。このような『行為』を多衆威力暴行にあたるとすれば、個々の行為や行為者を特定しなくても、スクラムを「全体」として「犯罪視」し、スクラムを組んでいる者全員を逮捕の対象とすることができる。するとここで、刑法の暴行罪では発揮し得ない(刑法では個々の行為者の特定が必要であり、行為を個別的に評価しなければならないから)、暴力法の特殊な機能が発揮されることになる。すなわち、個々の行為や行為者を特定せずに、現場にいる者(少なくともスクラムを組んでいるもの)全員を逮捕しうることになれば、大量逮捕や指導者および活動的な人間の狙いうちも可能となる。さらに共謀共同正犯論を用いれば、現場にいない指導者の逮捕も可能となる(このことは、捜査範囲の拡大化をも意味する)。すると、その時点での運動抑圧が容易になるだけでなく、指導者のねらいうちによって「組織破壊」をねらうことも可能になるのである。(194~195頁)

脅迫罪による逮捕や起訴を認めることは、事実上団体交渉権等そのものを否定することになる危険が大きいからである。しかも、この占領後期においては、多衆威力脅迫罪について、暴力法における治安立法的性格を最も如実に示すような適用例が多くなった。すなわち、「身体、自由、名誉等に害を加えるが如き気勢」を示しただけで、多衆威力脅迫罪にあたるとして起訴される例が多くなったのである(たとえば、岐阜納税民主化闘争、児島税務署悪税反対デモ国鉄福島支部、全逓郡山支部、国鉄伊達駅、平事件に付随した警察署デモ事件等)。たとえば、国鉄福島支部事件では、三十数人で「首を切った理由を言え」といいながら糾問の姿勢を示しただけで、身体自由に対して害を加えるべき気勢を示したとして、多衆威力脅迫罪で起訴されている。…ここではもはや、その場の雰囲気や状態をsy罰対象としていることになるのではなかろうか。次にこのような適用を許すとなれば、多人数で身体、自由、名誉等に害を加えるべき気勢を示すだけで逮捕できるのであるから、個々の行為や行為者を特定する必要はなくなり、現場にいる者全員を逮捕できることになる。しかも、このような気勢の判断は、事実上警察官に委ねらえざるをえないから、たとえば労働運動の場合、団体交渉のときにはいつでも、警察が逮捕したい人間を逮捕しうるということになる。(195~196頁)

NO36 判例中心 特別刑法(補訂版)1977年6月3日 暴力行為等処罰に関する法律

はしがき
1、    暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号、以下暴力行為等処罰法と略称する)は、大正15年3月9日当時の第51回帝国議会に政府提案され、同年4月10日制定公布、同月30日より施行された。
集団的ないし常習的に行われる暴行・脅迫・器物毀棄の罪について刑法の刑を加重するとともに、これらの方法による暴行を容易ならしめ(1条、なお暴行は昭和22年の改正まで親告罪であった)、集団的ないし常習的に行われる面会強請・強談威迫の罪について警察処罰令に定める刑の加重をはかり(2条)、財産上の利益等を供与して各種の暴力行為を利用しようとする行為及びその供与を受ける行為を新たに処罰の対象としたものである(3条)。
暴行・脅迫・器物毀棄の刑事犯を特殊な形態において捉えた恒久的な特別刑法に属するものということができる。ちなみに、改正刑法草案(昭和49.5,29法制審議会総会決定9が、その第263条、第264条、第265条、第304条、第305条、第362条において、暴力行為等処罰に定める犯罪類型を、その規定の正条に取り組んでいることに注意

暴力団に対する対策として、昭和33年、刑法の一部改正によって証人威迫罪(刑法105条の2)、凶器準備集合罪(刑法208条の2)等を新設したのであるが、これが悪質暴力犯罪の取り締まりの徹底と科刑の一層の適切化をはかるため、暴力行為等処罰法の一部改正を提案し、3年にわたる審議を経て、昭和39年の第46回通常国会において可決された。その改正の要点は、銃砲または刀剣類を用いておこなう傷害罪の規定の新設(1条の2)、及び常習暴力行為の規定の整備の強化(1条の3)に尽きるといってよい。

(最判昭29・4・7 集8・4・415)
「ポツダム宣言は暴力行為等処罰令に関する法律とは何ら関係なく、同法はポツダム千g点の受諾により無効に帰したものということはできない…さらに、所論1945年10月4日附連合軍最高司令官の『政治的、公民的及び宗教的自由の制限除去に関する覚書』は国民の政治的、公民的、宗教的自由に対する制限及び人種、国籍、信仰、または政見を理由とする差別的待遇を撤廃することを目的として、これら制限乃至差別待遇を是認するような法律、命令、規則を廃止すべきこと等を命じたものではないから、暴力行為等処罰に関する法律は右覚書とは何等関係ないものである。したがって同法は右覚書により廃止されたろいう主張も採るを得ない」(157~159頁)

NO22 暴力行為等処罰法 池田克

(治安警察法第17条について)
此等の規定が形式上、使用者と労務者とに付平等の取り扱いをしていること一読明らかであるけれども使用者に関する部分は実際上適用の余地なき死文となっていたのであるから従って又玆に問題とするの必要を見ない。問題となるは其の労務者に関する部分である。しかして私の解釈に誤りなしとせば
(五)    労務の条件に関し協同の行動を為すべき団結に加入せしむること
(六)    同盟罷業を遂行するが為、労務者をして労務を停廃せしむること
(七)    労務の条件に関し相手方の承諾を強いること
(八)    耕作の目的に出づる土地賃貸借の条件に関し承諾が強ゆること

「団体若しくは多衆を仮装」すとは団体員にも非ず又多衆も控えていらざるに拘わらず或いは団体があり或いは又多衆が控えて居るものの如く見せかけて相手方をして誤信せしめむとすることを意味する。しかして法文には単に団体若しくは多衆を仮装して威力を示しと規定するに止まるから、相手方に於いて誤信の結果を生ずると否とを問わないのである。

「威力ヲ示ス」とは人の意思を制圧するに足る勢力を自己目的以外の者に対し認識せしむる一切の行為を意味する。いやしくも人の意思を制圧するに足るにおいては、その勢力の有形的のものたると無形的のものたるとを問わない。

NO・33 『刑事法学の新課題』(1979年11月10日初版 「占領期」における暴力行為等処罰に関する法律の運用実態 宇佐美俊臣)
大正15年には、団交権も争議権も認めず主務大臣による解散さえ認める労働組合法案が上程され(労働者等の反対により不成立)、治安警察法17条の代わりに、公共事業だけでなく「公共の日常生活に関係ある事業」の争議に対し行政官庁の職権による強制調停を認める労働争議調停法が成立した。そして「尚ホ刑法ノ規定ニ委ヌルノ外、何等カ暴行脅迫ニ対シテモット取締ヲスル政府ハ意志ヲ持ッテ居ルヤ否ヤ、是ハ治安警察法第十七条ヲ廃止スルガ為デハアリマセヌケレドモ、刑法ノ規定デ、昨今暴力ヲ恣ニスル者ヲ取締ルコトハ不十分デアルト認メテ居ルノデアリマス、ソレ故ニ何レ之ニ関スル法律案ヲ提出スルツモリ」(第五十一帝国議会衆議院議事速記録三十六五頁)であると考えて、暴力法案が提出されたのであった。(179~180頁)
暴力法の法形態上の最大の特徴は、行為の「集団性」そのものを違法性の規定的要因としている点にある。暴力法においては、処罰される主な行為は、暴行、脅迫、器物毀棄であり、行為主体は、一般人である。従って、治安警察法と異なって、市民刑法的外観を呈しているようにみえる。・・・暴力法は行為主体を限定しないことによって、かえって、あらゆる大衆運動をその射程距離内にとらえうることになったのである。さらに、不明確な概念を多く用いており、常習犯規定を導入し、刑法にも規定されていない軽微な行為や、刑法上の犯罪の前段階的行為を処罰対象とする等の特徴をもっている。これらの点を考えると、暴力法は、形態的にも、市民刑法とは異なっており、一種の「新しい型の治安立法」といえる。(181~182頁)

隠匿物資摘発運動に対しては、前述した取締方針に基づいて、暴力法が適用されている。板橋造兵廠事件と川崎市労働者市民大会事件がその適用例である。後者は、、暴力法が、この期のような「民主化」の時期にいおいてさえ、大衆運動を抑圧するために用いられうるということをよく示す適用例であった。すなわち、数千人の労働者が食糧要求デモを行い市役所に押しかけてコッペパンの配給を承諾させ、さらに、市長宅に押しかけて隠匿物資を摘発した事件で、デモの指導者3人が多衆威力脅迫罪と住居侵入罪で起訴された。ここで注意しなければならないのは、数千人の大衆が喧騒するなかとはいえ、「身体名誉等に如何なる害悪をくわえるかもしれないという気勢」を示しただけで多衆威力脅迫罪に問われていることである(被告人のことばに害悪の告知は認定されていない)。このような適用のしかたは、後に述べるように、暴力法が治安立法として機能していることに注意しなければならないのである。(183~184頁)

マッカーサーの暴民声明以後…暴力法が適用されるようになる。たとえば、暴民声明以前に起きながら起訴されていなかった三菱美唄炭鉱「人民裁判」事件に対する起訴がなされた。この事件は、二千人近い大衆の面前での団体交渉が約30時間以上ほとんど不眠不休で続けられたもので(正面に「人民裁判」と大書きしたビラが貼られた)、指導者として労組幹部六人と共産党員二人が暴力法と監禁罪で起訴された。(186頁)

生産管理に対しては、たとえば大和製鋼争議に対して暴力法が適用されている。この事件は、会社側が争議を妨害するために倉庫に施錠をしたのに対し、鍵の引き渡しを再三要求したが、会社側に拒否されたため、業務管理を遂行するために倉庫内の資材を搬出しようとして、倉庫の錠前を破壊したことについて、労働組合の幹部四人が共同器物毀棄罪にあたるとして起訴されたものである。このような、業務管理を遂行するためにはにやむを得ない最小限の行為に対しても、暴力法が適用されたのである(第一審裁判所は、廃棄行為を緊急避難として刑の免除を言い渡した)。(186頁)

1947年1月31日、内務省は、2月1日以後の個別ストもゼネ・ストの継続として取り締まる方針を示したが、これをうけて、たとえば、北海道酪農協同札幌製薬工場事件に対して、暴力法が適用された。すなわち、ゼネ・スト禁止以後もストを継続しようとの同工場従業員組合の決定に従い、執行委員長以下6人は、スト遂行のため、作業を続けようとする工場長の面前でペニシリン製造に必要な器具を除去し隠匿したとして、多衆の威力を示した共同器物毀棄罪で起訴された。ここでも、器具を除去し隠匿するだけで器物毀棄にあたるという問題のある適用がなされた。さらに事件では、第一組合の威力を背景にすることが、多衆の威力を示したことになるとされている。・・・第一審裁判所は、さすがに多衆の威力を示したとは言えないとして、無罪ないし公訴棄却を言い渡した。1946年6月21日には、労働運動に対する戦後初めての大規模な刑事弾圧がなされ、暴力法が適用された(第二次読売争議)。すなわち、当時の読売の民主的反政府的傾向に対し、GHQの「示唆」を受けた会社が、編集権の確立を名目として編集局や論説委員の幹部6人に退社要求をしたことに端を発したもので、会社側が争議抑圧のため暴力団を使うなどし激しい闘争を行っている中で、突然警察官500人が編集局になだれこみ、組合員56人を検挙した事件である。52人は即日釈放されたが、前記6人のうち4人は暴力法違反の容疑で送検された。(187頁)

暴力法はそれが存在する限り、外部からいかにその運用を抑制しようとしても、いつでも治安法として機能しうる法律である、ということを学ばなければならないのである。(188頁頁)

1948年3月、検事長会議において、福井検事総長は、争議における行き過ぎ、ことに違法な生産管理に対する取り締まりは今や何らためらう時期ではないと述べて、暴力法の積極的な適用を指示した。また1949年6月には、検事長・検事正会合において、法務総裁は、日本経済の自立と安定のために検察の全機能を発揮して戴きたいと述べて、「自立化」政策遂行のための大衆運動の徹底的な取り締まりを要請し、さいらに、これを受けて、検務局長は、労働運動において「強談威迫によって相手方を反服せんとし、その間暴力行為に出るが如き」場合は「たとえ違法の程度が軽いものであっても、これに対し別段参酌する必要を認めない」と述べてあからさまに暴力法の積極的な適用を指示している。(192頁)

レッド・パージにより解雇された者に対する警察による家庭関係、行動等の調査があったことを知った共産党員が「かかる売国奴とその手先どもの行為は来るべき人民裁判のいよって裁かれるであろう」と書いたビラを数枚を付近の住民に頒布しただけで、多衆威力脅迫罪にあたるとして起訴された例がある。(191頁)

職安闘争に対する適用例も多い。(191頁)

適用された人間についてみてみると、どんな大衆運動においても、組織的な大衆運動には全てと言って良い程、組織の指導者や活動的な人間が中心とされている。(193頁)

たとえば、十数人で喧騒(関合同産業)、組合員数人と共にスクラムを組む(究科工業)、約束を破って帰ろうとする税務署課長の前に数十人で立ちはだかる(脇岬村反税闘争)等が、多衆の威力を示したものとされた。国鉄延岡支部の事件など、人員整理の重要な参考資料となる考課表を作成した助役に対し、その内容に不満をもった3人が「もし馘になったらばらしてやる」「我々の執行ぶではこの馘首後幹部の不正摘発をすることになっている」等と言いながら2、3回手拳を振り回しただけで、多衆の威力を示した共同脅迫罪にあたるとして起訴された(194頁)

首に腕をまきつけるように抱きつき、背後から抱きつき、ベルトを引っ張る(薩摩木工)<あるいは、約束を破って帰ろうとした課長の胸元をつかむ(脇岬村反税闘争)等が、共同暴行ないし多衆威力暴行とされている。これらは日常生活においてなされた場合には、刑事事件にならない行動である。それが大衆運動の一環としてなされた場合には「犯罪行為」とされるわけである。労働組合法第1条第2項の趣旨は、少なくとも、日常の場合は犯罪とされる行為であっても、それが労働運動の一環としてなされるときは(少なくとも違法の程度が軽いときは)犯罪とならないという点にあったはずである。現実の適用の仕方は、労働組合法第1条第2項の趣旨に全く逆行するものといわなければならない。しかも、この期からは、さらに問題のある適用がなされた。すなわち「スクラムによって入場を拒否したり、押し返したり、退場を妨げる『行為』を、多衆威力暴行罪にあたるとして起訴したのである(たとえば理研小千谷工場、究科工業、特殊製鋼等)。理研小千谷工場の事件についてみると、争議は、工場閉鎖・人員整理反対→会社側工場閉鎖強行→組合側生産管理開始→会社側工場明け渡しの仮処分申請→仮処分執行という経緯をたどるのであるが、仮処分執行のため工場に入ろうとした会社側の人間をスクラムによって拒否し押し返したというものである。その10分後、警察官30人が出動したが、これをスクラムで押し返した行為は公務執行妨害罪に問われた。このような『行為』を多衆威力暴行にあたるとすれば、個々の行為や行為者を特定しなくても、スクラムを「全体」として「犯罪視」し、スクラムを組んでいる者全員を逮捕の対象とすることができる。するとここで、刑法の暴行罪では発揮し得ない(刑法では個々の行為者の特定が必要であり、行為を個別的に評価しなければならないから)、暴力法の特殊な機能が発揮されることになる。すなわち、個々の行為や行為者を特定せずに、現場にいる者(少なくともスクラムを組んでいるもの)全員を逮捕しうることになれば、大量逮捕や指導者および活動的な人間の狙いうちも可能となる。さらに共謀共同正犯論を用いれば、現場にいない指導者の逮捕も可能となる(このことは、捜査範囲の拡大化をも意味する)。すると、その時点での運動抑圧が容易になるだけでなく、指導者のねらいうちによって「組織破壊」をねらうことも可能になるのである。(194~195頁)

脅迫罪による逮捕や起訴を認めることは、事実上団体交渉権等そのものを否定することになる危険が大きいからである。しかも、この占領後期においては、多衆威力脅迫罪について、暴力法における治安立法的性格を最も如実に示すような適用例が多くなった。すなわち、「身体、自由、名誉等に害を加えるが如き気勢」を示しただけで、多衆威力脅迫罪にあたるとして起訴される例が多くなったのである(たとえば、岐阜納税民主化闘争、児島税務署悪税反対デモ国鉄福島支部、全逓郡山支部、国鉄伊達駅、平事件に付随した警察署デモ事件等)。たとえば、国鉄福島支部事件では、三十数人で「首を切った理由を言え」といいながら糾問の姿勢を示しただけで、身体自由に対して害を加えるべき気勢を示したとして、多衆威力脅迫罪で起訴されている。…ここではもはや、その場の雰囲気や状態をsy罰対象としていることになるのではなかろうか。次にこのような適用を許すとなれば、多人数で身体、自由、名誉等に害を加えるべき気勢を示すだけで逮捕できるのであるから、個々の行為や行為者を特定する必要はなくなり、現場にいる者全員を逮捕できることになる。しかも、このような気勢の判断は、事実上警察官に委ねらえざるをえないから、たとえば労働運動の場合、団体交渉のときにはいつでも、警察が逮捕したい人間を逮捕しうるということになる。(195~196頁)

NO・35
『刑事法講座第7巻・補巻』(1953年10月初版 暴力行為等処罰に関する法律の罪 長島敦)
1、    第1条について (1)その概要と保護法益 本条第1項は<1>団体若しくは多衆の威力を示し、<2>団体若しくは多衆を仮装して威力を示し、<3>凶器を示し、又は<4>数人共同して暴行(刑法208条)脅迫(同222条)又は器物毀棄(同261条)の罪を犯したものに対して、3年以下の懲役又は5百円(罰金等臨時措置法3条1項2号により2万5千円)以下の罰金に処すべきものとし、器物毀棄の罪を犯した場合を非親告罪としており、その第2項は、常習暴行、常習脅迫、及び常習器物毀棄について右と同様に刑を加重すると共に、常習器物毀棄を非親告罪としているのである。つまり本条は特殊の形態ないしは特殊の身分者(常習者)による暴行、脅迫または器物毀棄について刑法の特例を定めたものであって、刑法のこれらの罪とそれぞれ一般法、特別法の関係にあると解されているのである。(1683頁)

新聞記事文庫 大阪毎日新聞1926年4・23「労働組合法案は再び来議会に提出 其他社会政策諸問題について若槻内相の訓示(地方長官会議第2日)」
労働問題解決のため政府は今期議会に労働組合法案を提出したるも不幸にして通過を見ざりしは甚だ遺憾である、政府は來議会において更に提出してその成立を期するつもりである、従って労働組合に対する政府の方針は毫もかわることなく一念その健全なる発達を遂げしめんことを期するあるをもってよくこれを諒とし労働組合運動対策について深甚の考慮を致されんことを望む、所謂暴力団及び暴力行為を敢行するものの取り締まりに関して政府は今回議会の協賛を経て暴力行為等処罰に関する法律を制定し近くこれを施行すべく、その趣旨とするところは現行法規の不備を補い不逞の徒輩をしてその非望を遂ぐるの余地なからしめ仍ってもって社会民衆の保護を全からしめんとするにあり、よろしく本法定の趣旨を体し部下を督励しその取締りを厳にし時幣を一掃することに一段の努力を加えられたい、現在のいわゆる社会運動中には現状に対する不満より往々にして常軌を逸し矯激にわたり暴行脅迫などの破壊的手段に出で延いて社会の平和を撹乱しその健全なる進歩発展を阻害するおそれあるが如きものあり、斯のごとき運動に至っては厳にこれを排除して社会の不安を一掃し共同生活を保持しその健全なる発達を講ぜざるべからず各位はよく運動の趨勢を察し事物の真相に透微明敏なる判断をもって取り締まり上過誤なからんことを期せられんことを望む

NO36 判例中心 特別刑法(補訂版)1977年6月3日 暴力行為等処罰に関する法律

はしがき
2、    暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号、以下暴力行為等処罰法と略称する)は、大正15年3月9日当時の第51回帝国議会に政府提案され、同年4月10日制定公布、同月30日より施行された。

集団的ないし常習的に行われる暴行・脅迫・器物毀棄の罪について刑法の刑を加重するとともに、これらの方法による暴行を容易ならしめ(1条、なお暴行は昭和22年の改正まで親告罪であった)、集団的ないし常習的に行われる面会強請・強談威迫の罪について警察処罰令に定める刑の加重をはかり(2条)、財産上の利益等を供与して各種の暴力行為を利用しようとする行為及びその供与を受ける行為を新たに処罰の対象としたものである(3条)。
暴行・脅迫・器物毀棄の刑事犯を特殊な形態において捉えた恒久的な特別刑法に属するものということができる。ちなみに、改正刑法草案(昭和49.5,29法制審議会総会決定9が、その第263条、第264条、第265条、第304条、第305条、第362条において、暴力行為等処罰に定める犯罪類型を、その規定の正条に取り組んでいることに注意

暴力団に対する対策として、昭和33年、刑法の一部改正によって証人威迫罪(刑法105条の2)、凶器準備集合罪(刑法208条の2)等を新設したのであるが、これが悪質暴力犯罪の取り締まりの徹底と科刑の一層の適切化をはかるため、暴力行為等処罰法の一部改正を提案し、3年にわたる審議を経て、昭和39年の第46回通常国会において可決された。その改正の要点は、銃砲または刀剣類を用いておこなう傷害罪の規定の新設(1条の2)、及び常習暴力行為の規定の整備の強化(1条の3)に尽きるといってよい。(最判昭29・4・7 集8・4・415)
「ポツダム宣言は暴力行為等処罰令に関する法律とは何ら関係なく、同法はポツダム千g点の受諾により無効に帰したものということはできない…さらに、所論1945年10月4日附連合軍最高司令官の『政治的、公民的及び宗教的自由の制限除去に関する覚書』は国民の政治的、公民的、宗教的自由に対する制限及び人種、国籍、信仰、または政見を理由とする差別的待遇を撤廃することを目的として、これら制限乃至差別待遇を是認するような法律、命令、規則を廃止すべきこと等を命じたものではないから、暴力行為等処罰に関する法律は右覚書とは何等関係ないものである。したがって同法は右覚書により廃止されたろいう主張も採るを得ない」(157~159頁)

浜松日本楽器争議[労]1926.4.26

評議会系浜松合同労組に集まる日本楽器本社工場の労働者1300人は,4月21日に衛生設備改善・最低賃金保障など16項目の要求を提出し,拒否されるとストライキに入った.評議会本部は幹部を現地に派遣して争議を指導,ストは105日間に及んだ.争議過程では〈日報〉発行など注目される戦術も生み出されたが,激しい弾圧を受け,350人の解雇・手当3万円で妥結した.〔参〕大庭伸介《浜松・日本楽器争議の研究》1980.

荻野証言
資料4 朝日新聞 暴威取締法という名称
資料5 同  司法省と法制局が煽動の文言をめぐり対立
資料6    暴力団処罰法案と暴力行為等処罰に関する件と両方を使う
資料7 社説
資料8 公文類聚1926年
当初から治安法と認識されていた
資料9 議会での審議  議事録
9-2 委員9人中7人が労働・農民・水平運動の取り締まりに懸念を表明。
3月18日に委員会に提出。3月22日に二回の審議でほぼ原案通り委員会可決。3月24日に衆院で可決。3月26日、貴族院で成立。4月10日公布、4月30日施行。
資料10・11 司法省「釈義」・塩野秀彦「釈義}
資料14 暴力団取締法としての性格をアピール
最初から治安機能の全開。だまし討ち的な悪法
確認できる最初の適用1926年5月日本楽器(現在のヤマハ)争議に適用
農民運動・水平運動
資料15 大審院1926・11・22 判決判例として確定していく
資料17 施行直後の運用状況 25%暴処法
資料19 読売新聞1928年4・26 3・15事件直後「治安維持法を峻厳にする改正案」と同時に内相が地方長官に訓令を発した。一気呵成に弾圧の強化が図られた。
資料20 思想検事
行政警察法令として運用される。刑法の特別法であるとともに行政警察法令としての性格を色濃く持つようになる。労農運動抑圧の予防措置としての機能発揮
資料21 種村氏警察参考資料 治安法としての機能が公然と認められるようになる。
刑事法学会が編纂し1928年に公刊された「改正刑事法釈義」には付録に暴処法
資料22 池田克 大審院判例 1927~28年過程で適用要件の緩和・拡張が見られる
資料23 受理人数 1935年 4683人をピークに漸減(ぜんげん)
起訴人数 1933年 1119人をピークに漸減
資料26 長谷川 実務的見地からの見解(思想検事の一人)
資料27 関之(いたる) 公安調査庁特別審査局の幹部
資料30 1944年末の受刑者(司法省・行刑統計年報)
暴処法74人、治安維持法355人
資料31 人権司令1945年10・4
資料32 内務大臣答弁資料 1945年11月
日本政府は暴処法を温存した。GHQの理解不足に乗じて。
1945年11月 労働組合法案末広案 適用してはならない法律として暴処法を上げる。
資料33
資料34 1948年ころから増加。1960年代。新受理人員、起訴人員、起訴率も増加。2万件台が続く。
資料35 長島敦論文1953年
資料36 警察刑事局調査官

だまし討ちの法律。治安法として生きている。
NO・3
削除前の治安警察法17条・30条
第17条  左ノ各号ノ目的ヲ以テ他人ニ対シテ暴行、脅迫シ若ハ公然誹毀シ又ハ第2号の目的ヲ以テ他人ヲ誘惑若ハ煽動スルコトヲ得ス
1  労務ノ条件又ハ報酬ニ関シ協同ノ行動ヲ為スヘキ団結ニ加入セシメ又ハ其ノ加入ヲ妨クルコト
2 同盟解雇若ハ同盟罷業ヲ遂行スルカ為使用者ヲシテ労務者ヲ解雇セシメ若ハ労務ニ従事スルノ申込ヲ拒絶セシメ又ハ労務者ヲシテ労務ヲ停廃セシメ若ハ労務者トシテ雇傭スルノ申込ヲ拒絶セシムルコト
3 労務ノ条件又ハ報酬ニ関シ相手方ノ承諾ヲ強ユルコト耕作ノ目的ニ出ツル土地賃貸借ノ条件ニ関シ承諾ヲ強ユルカ為相手方ニ対シ暴行、脅迫シ若ハ公然誹毀スルコトヲ得ス
第30条  第17条ニ違背シタル者ハ1月以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ3円以上30円以下ノ罰金ヲ附加ス使用者ノ同盟解雇又ハ労務者ノ同盟罷業ニ加盟セザル者ニ対シテ暴行、脅迫シ若ハ公然誹毀スル者亦同シ
NO4 東京朝日新聞市内版 1926年1月16日
治警17条撤廃案 21日の議会に提出 労働争議調停案とともに昨日閣議において可決さる はかどらぬ労働組合法(見出し)
治警17条に代わる二法律 労働争議調停法第一九条と暴威取締令を適用(見出し)
罰則は同日閣議において決定した労働争議調停案第一九条にその適用の範囲を局限したが暴行脅迫の行為は治警一七条削除の結果当然刑法の親告罪として処罰されるのであるがこれについては最近司法省で成案を得近く法制局に回さるべき暴威取締法案が制定せらるる時は労働争議の際にしばしば見る争議団代表の会社重役に対する面会強要その他多数を以ってする暴行等はこの暴威取締法の適用に依り治警法と同様依然親告を要せざる罪としてこれを罰せらるることとなるものであること
東京朝日新聞1925年12月2日
行調総会決定の労働三法案 労働協約は別個の立法に譲る(見出し)
組合法 一、 組合の組織は社会局案通り職業別企業別は認めないこと
一、    組合の設立は届け出主義に依ること
一、    労働協約は必ずしも本法に入れるを要せず依って他日別個の法律として制定すること
一、    組合の解散は必ずしも本法に入れるを要せず治安警察法第八条を適用に譲ること(記事抜粋)
(注 治安警察法第八条→①安寧秩序ヲ保持スル為必要ナル場合ニ於テハ警察官ハ屋外ノ集会又ハ多衆ノ運動若ハ群衆ヲ制限、禁止若ハ解散シ又屋内ノ集会ヲ解散スルコトヲ得②結社ニシテ前項ニ該当スルトキハ内務大臣ハ之ヲ禁止スルコトヲ得此ノ場合ニ於テ違法処分ニ由リ権利ヲ傷害セラレタリトスル者ハ行政裁判所ニ出訴スルコトヲ得)

調停法 一、第一九条の調停期間中の罷業閉鎖に関しては第三者のストライキ、閉鎖、怠業等の勧誘を禁止すること

東京朝日新聞1925年12月9日
労働立法に関する政府の根本方針決す 討議半歳、漸く閣議で承諾した決定要綱の全文(見出し)
組合員の範囲
一、    小作人の組合は本法の範囲外とすること
二、  官吏は本法の労働者と認めざること
三、  軍人軍属は組合に加入することを認めざること最も一時的勤務のため招集に応じたる軍人については別に考ふること
四、(略)
組合の組織
五、組合は同一又は類似の職業又は産業に従事する労働者をもって組織すること 労働組合の事実上の聯合は異種の労働組合についても之を認むるも之に付法律中に別段の規定を設けざること
六、(略)
七、(略)
八、(略)
組合の保護
九、組合加入者保護(社会局案第一一条に規定する如き)については左の如き趣旨の規定を設けること
雇用者又はその代理人が労働者に対しその労働組合の組合員たるの故を以って為したる解雇の意思表示はこれを無効とす雇用者又はその代理人が労働者に対しその労働組合に加入せざること又は組合より脱退することを雇用条件となしたる契約又前項に同じ 尚右規定の違反に対する罰則(社会局案第二一条に規定する如き)は之を設けざること
一〇、労働協約に関する規定(社会局案第一二条に規定する如き)を置くその趣旨は之を是認するもその規定の内容については尚攻究を重ねて別に立法すること
一一~一四(略)
組合の監督
一五、労働組合の決議又は労働組合の規約が法令に違反する場合のみならず(社会局案第一五条及び第一六条)公益を害する場合に処する規定を加え尚組合取締上必要ある場合には組合の解散を命ずる主旨の規定を設くること
一六(略)

階級闘争を努めて防止す 社会局原案に修正を加えた理由(見出し)
一、    組合員の範囲においては組合員の資格を有せざる者の組合加入を制限するは労働組合は労働者の利益のため存在するものであるから非労働者の存在を放任するときは多数労働者の意思に反して非労働者が専横の行為をなす恐れがあるゆえである。
一、    組合の組織を職業別となした結果組合聯合を労働組合と認めないのは行政調査会における産業保護論の勝利を示すもので労働組合をあくまで現存産業組織の一機関として之を認めんとするものである職業別に依らない組合は組合の本旨である労働条件の維持改善の範囲を超へて階級闘争を助長するものであるから健全なる発達を指導せんとするための組合法の対象としては職業別乃至産業別に限るを可とする故法認されるのは縦の組合(産業別)及び横の組合(職業別)となる従って現在の総同盟その他の聯合体は否定するものではないが組合法の適用から除外され保護も受けず又何等束縛も受けず例えば商業会議所聯合会の如き取扱を受ける訳である。
一、    解散権の規定は例え治警法に規定あることも団体に関する立法の中にはその解散に関する規定を設置するを穏当なりとする故である
東京朝日新聞1925年12月23日
今議会に提出の「暴威取締法案」暴力団の徹底的取締を期し親告を待たずして処断する。内務、司法意見一致
一、    被害者の親告を待たずして処罰しえること
NO5 東京朝日新聞1926年3月2日
暴力行為処罰法案 両当局の意見大体一致して 近日中閣議に付議 全文3か条の要綱(見出し)
法制局司法省間にて問題となれるは第3条のせん動の字句で司法省では右字句を強き意味に局限してゐるに対し法制局側は「せん動」の字句は不明瞭であるから削除するがよいとの意見にて不一致となり…万一本条項を加へないとすれば刑法の教唆罪と強談威迫に対する利用罪(第3条の前段)との中間に存在する罪が全部除かれ本法の使命を失うことになるとの意見によって本条項が加えられたわけである
NO6 東京朝日新聞1926年3月9日
暴力団処罰法案 きのふ閣議で決定して けふ衆院に提出(見出し)
NO7 東京朝日新聞1926年3月20日
厳罰主義に対する抗議 前議会には治安維持法があった。今議会には暴力行為処罰法がある。いずれもしゅん厳なる刑罰をふりかざして、法の威力をもって社会の憂患を取り除かんとする点において、そのきを一にする。この法律および法案は、刑法以後の新しき罪というよりも、むしろ刑法の罰則をなまぬるいとして、重刑をもって国民を脅かし、もって犯罪予防の目的を達しようとする、いわゆる厳罰主義のあらわれである。今日厳罰重刑の政治が行われるということは、封建制度の昔の夢を繰り返すようなもので、これほど憲政の逆転はない。
厳罰主義の除外例とも見るべきは、労働法規の確立とともに治安警察法第17条の撤廃が行われることである。しかし労働組合法にも、争議調停法にも多くの罰則が付け加えられている。殊に資本主に対して、労働組合加入を理由として労働者を解雇することを禁じて、しかもその罰則を取り除いたことが労働法案討議の一問題とされているが、これは罰則が寛大であることが悪いというのでは決してなく、罰はいずれに対しても寛大なるが宜しい。併し一方にのみ寛で、他方に厳であるような片手落ちが悪いというのである。
法の不備に基づく暴力行為の発生 暴力処罰委員会における司法省の参考資料(見出し)
一 暴力団の沿革および発生の原因
(イ)    政治的野心を有するもの自己の野望を満たすため往々にして暴力団体を利用するものありこれがために彼らのばっこを助長するにいたること(ロ)いはゆる特殊部落民に対し冷遇するの習慣があった所水平思想の発達により団体を背景として直接に糾弾せんとする弊風を生じたること(ハ)矯激なる外来思想により特権者は有産階級に対して不平等を抱ける徒にして直接行動にてその意を満たさんとするの風を生じたること(ニ)過激思想の流入は反動思想を標榜し団体的威力を示して生活の資を得んとする徒輩に好機をあたえたること等にしてこれ等が相関連して暴力団の発生を促すこととなった
水平運動不利に陥る 暴力案委員会(見出し)
立石局長(一)団体若しくは多衆を仮装してやったと認定されるものは労働運動水平運動も本法に触れる(二)罷業の意思表示及び同一人で行った場合は別に本法には触れない

NO11  司法書記官法学士塩野秀彦述 暴力行為等処罰法釈義 1926年4月
本書は予が憲兵練習所学生のために講演した…

第11 本法と他法との関係 1 刑法との関係
本法第3条は刑法等で認めない新しい罪を規定したものである。第1条は刑法の暴行(208条)、脅迫(222条)、器物毀棄(261条)の犯罪行為に一定の条件を付加して処罰するのであるから刑法の規定にたいしては特別法(複雑法)なり。第2条は警察犯処罰令(1条4号)の面会強請、強談、威迫の行為に一定条件を付加して処罰するのであって之亦警察犯罪処罰令の規定に対して特別法である。故に特法は通法に優るの原則により本法の規定は常に刑法や処罰令の規定を排斥して適用さるるのである、決して刑法第54条前段の一処為数法に該るの規定を適用すべきものではない。

労働争議、小作争議における特殊の暴行、脅迫は治安警察法第17条第30条により罰せられたが大正15年4月法律第58条をもって同法条は削除せられ近く7月1日から実施されるけれどもその実施により同法条の認めた犯罪行為は将来犯罪とせず放任するものと速断してはならぬ。元来同法条の暴行脅迫及び誹毀の罪は刑法の暴行、脅迫及び誹毀の特別法である。従って同法条が同法条が削除消滅すれば普通法たる刑法の適用あることは当然である、故に従来同法条により最高6月の懲役に処せられた罪は同法条の廃止のために却て刑法により最高1年の懲役に処せらるることは言を俟たぬのである。而も本法(暴力処罰法)があるから労働争議、小作争議に際し是まで治安警察法により処罰せられた暴行、脅迫にして本法の定むる特殊の態様を具備する場合に於いては本法により刑法よりも一層厳重なる刑罰を科し得るのである。尚附言すべきことは同盟罷業又は同盟解雇に際し治安警察法第17条第30条で処罰したる誘惑若しくは煽動の所為は刑法その他の刑罰法令においてこれを処罰する規定無き故、同法条の廃止後、誘惑、煽動は全然罰せぬかと云うにしからず。大正15年4月9日公布律第57号労動争議調停法が近々同法条の廃止と同時に実施されるから同法第19条第22条によれば現に其の争議に関係ある使用者及び労働者並其の属する使用者団体及び労働者団体及労働者団体の役員及事務員以外の者は調停委員会開設の通知ありたるときより調停手続結了に至るまでの間、作業所閉鎖、労働中止、作業中止、作業進行阻害の目的を以て其の争議に関係ある使用者又は労働者を誘惑若しくは煽動することを得ず、之に違反する者は三月以下の禁固又は二百円以下の罰金に処されるるのである。
NO14-2 日本労働年鑑 1926年版
労働争議調停法案(社会局案)
第19条 労働争議に関し第2条の規定による通知ありたるときは第三者は調停手続き桔了する迄左に掲ぐる目的をもって当事者を誘惑または煽動することを得ず
但し第9条に規定する機関を経過したるときはこの限りにあらざる
一 使用者をして労働争議に関し作業場を閉鎖し作業を中止し雇用契約を破棄しまたは雇用継続の申し込みを拒絶せしむること
二 労働争議の集団にして労働争議に関し労務ヲ中止し雇用契約を破棄しまたは雇用継続の申し込みを拒絶せしむること
三 労働者の集団にして労働争議に関し労務ヲ低減し作業の進行を阻害しまた生産品の品質を低下せしむること

第23条 第19条の規定に違反したるものは3か月以下の禁固または2百円以下の罰金に処す
第24条 本法は国家又は公共団体の事業に於ける労働争議にも亦これを適用す